包丁選びとお手入れの基本8 精進料理に最適_菜切り包丁

□菜切り包丁

文字通り野菜を切るのに適した包丁です。

日本では文明開化まで牛や豚の肉はほとんど食べませんでした。そのため、昔は一般家庭の包丁といえば菜切り包丁でした。メーカーによっては「地型包丁」という場合もあります。

昔は田舎では猪、熊、鹿、鳥などの肉はときおり食べていましたが、それは全体からみればごくわずかな割合で、庶民の主食は魚と野菜でした。魚といっても今のように交通や保冷技術が発達していなかったため、一般庶民は火を通した焼き魚、煮魚、鍋物などが主体で、魚に関しては現在ほど繊細な包丁仕事が必要ではありませんでした。
港近辺に住む人や大都市の上流階級は刺身を食べることもあり、その場合は野菜用の菜切り包丁の他に刺身用の包丁を使いわけました。ただしそれは全体から見ればごく一部で、ほとんどの家庭では菜切り包丁だけで用が足りていたと言って良いでしょう。

魚や肉をさばく際は包丁の先が尖っている必要があります。そのため近代になって流通手段が進歩し、また食文化が西洋化して新鮮な魚や動物の肉を多くの人が食べるようになったため、菜切り包丁の先を尖らせた三徳包丁が開発されたのです。

野菜を中心に切るのであれば、刃の背中から刃先までの幅が広い方が、厚みのある野菜も安定して切ることができます。そのため菜切り包丁は幅が広いのです。
野菜に適した幅広の包丁に、野菜の切りやすさはそのままに、魚肉を切るために先端部分を付け足して尖らせたので、三徳包丁は牛刀よりも幅が広いのです。

また菜切り包丁は製作加工上、長四角に近い形のため無駄になる部分や手のかかる先端の丸め加工などが不要なこともあり、比較的価格が安いのが特徴です。
また実際長く使っていると、牛刀や三徳包丁などの先が尖った包丁は、ちょっとぶつけたり落としたり、何かの衝撃で先端が欠けてしまうことがよくあります。いつ欠けたのか気づかないうちに欠けていることもあります。包丁の先端が少しでも欠けてしまうと、自分で修正するのはとても大変で、修理に
出さなくてはいけません。そういう意味では菜切り包丁は耐久性も非常に優れた包丁です。

いうまでもなく精進料理は野菜しか扱いませんから現在でも菜切り包丁が最適です。ただ肉や魚を料理するにしても、現在はそれほど手の込んだ料理をご家庭でしない場合が増えています。たとえば魚をまるごと1匹買ってきて自宅でさばく家がどれだけあるでしょうか?お刺身はスーパーで切り分けたものを買うことが多いのではないでしょうか。肉にしても、昔のように自宅で飼っていた鳥を締めてさばき、解体することなどほとんどないはずです。ある程度切り分けた肉を買ってきて、自宅で少し細かく切るくらいなら、別に包丁の先が尖っている必要はありません。
菜切り包丁というと古臭い時代遅れの包丁だ、と思っている方が多いかも知れませんが、むしろご家庭でもっと見直すべき、高機能で耐久性があり、しかも安価な素晴らしい包丁なのです。


写真上は「黒打ち包丁」といって、刃の峰側に近い部分が半分くらい地鉄のまま少しザラっとして黒く仕上げてあるものがあります。三徳包丁などにもこうした「黒打ち仕上げ」はありますが、菜切り包丁に最もよく見られます。
この黒い部分は磨き仕上げをしていないのです。そのため、磨いた部分よりも錆びにくいことと、磨き工程が略せるのでその分安価にできます。下は磨いたツルツルの菜切り包丁です。
切れ味の面では何も変わりません。


ただしお店では黒い部分は錆びにくいと説明を受けますが、実際には使えば黒い部分も錆びます。そのためクレンザーなどの磨き剤を使ってこする必要がありますが、数年使っていると黒打ちの部分が削れて黒色が落ち、刃先と似た銀色になってきてしまいます。上と下は全く同じ包丁ですが、使って数年でこのように黒が落ちてきます。
切れ味は問題ありませんが、見栄え的に嫌な人ははじめから磨き仕上げを選ぶと良いでしょう。


ちなみに大本山永平寺で調理係に配属された際、見習い期間が終わってはじめに支給されたのがこの菜切り包丁です。これは想い出の品として保存するため、数ヶ月で別の同型の菜切り包丁を追加購入してふだん用に使い、その頃の調理分量は半端じゃないほど多かったため、永平寺時代に同型の包丁を3~4本使いつぶしましたが、このはじめの1本だけは大切にしまっておきました。
調理係以外の配役の時には、永平寺のものすごい湿気のせいで荷物箱の中でサビが出たりして大変でしたが、ときおり磨いてなんとか保管していたものです。
今でもこの包丁を眺めるとあの頃の厳しい日々や初心を想い出すことができます。

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