禅寺の修行

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典座への道(精進料理基礎指南)

令和元年大豊作の梅作務

令和になって初の梅収穫時期を迎えました。 寺の裏山には精進料理に欠かせない梅の木がたくさん植えられていて、昔から修行僧たちの貴重な食糧となってきました。とてもたくさん実がなる年もあれば、そうでない年もありその差はかなり大きいものです。なるべくたくさん採れるように、延びすぎた枝の剪定や、肥料をあげたり除草をまめにしたりと、1年間かけてたくさんの手間をかけているのですが、例えば剪定もその時々の加減が難しく、良かれと思って切ったのが今ひとつだったり、逆に予想外に良かったりとなかなか一筋縄ではいかない奥深い世界なのです。できるかぎりの努力を重ねていても、梅の花が咲く時期に天候が悪かったりすればアウトです。 また感触としては梅の木にも体力や調子のような要素があり、毎年毎年大量の実をならしていたら身が持たん、という面があるような?そのためたくさんの実をつける年が数年に一度あって、後は普通の年と、激減する年と、波のようなものがあって一定では無いように感じています。 そんな中、今年は大量収穫の大豊作でした。これだけたくさんの実がなると、一年間の苦労が報われるような気がします。令和になった節目の年に大豊作、これは幸先良いです(^○^)
季節の精進料理

涅槃団子のレシピ_お釈迦様のご命日に

○涅槃団子とは お釈迦様がご入滅(お亡くなりになった)された2月15日を「涅槃会」(ねはんえ)と言います。曹洞宗ではお釈迦様がお生まれになった「降誕会」(ごうたんえ)、悟りを得た「成道会」(じょうどうえ)とあわせて「三仏忌(さんぶっき)」と呼び、丁寧な法要を行い、お釈迦様への報恩追慕を表します。 涅槃会ではお釈迦様がお亡くなりになった際の様子が描れた大きな掛け軸、「涅槃図」(ねはんず)を掲げ、「涅槃団子(ねはんだんご)」をお供えします。お寺によって涅槃会の法要の後、この涅槃団子を参詣者に放り投げ、拾ってもらう習儀があります。北陸地方に多い風習です。 涅槃会についてはお話ししたい点がたくさんありますが、今回はこの「涅槃団子」の作り方についてご紹介します。さまざまな作り方がありますが、私が今まで永平寺の台所、および永平寺東京別院で作ってきた製法です。色々な作り方があり、どれが正しいということはありません。特に、こねた後にはゆでて冷水で冷やして固めるという方法も根強く、大量に作る場合は便利だと思いますが、やはり私としては手間がかかっても蒸らした方が色つや、食感が良く仕上がると思います。 ぜひ、お釈迦様の涅槃会に合わせてご家庭でもお作りになって、お仏壇にお供えしていただきたいと思います。一般家庭では、13日あるいは14日の午後にお供えし、15日の夕方に下げて頂くのが良いと思います。固くなっていたらオーブンなどでお餅のように焼くと良いでしょう。 ○法事団子にも応用できます 色を付けず真っ白に作れば、四十九日忌、一周忌、三回忌などの法事団子になります。世代間継承が断絶しつつある現在、作り方がわからないという方が増えてきました。ぜひ一度試して欲しいと思います。なお地域やお寺によっては、49個作る、とか49個を一対=98個作る、というような数の指定がある場合も多いようです。 
典座和尚のひとりごと

大本山永平寺 建築中の柏樹關とお薦めのお土産

永平寺の門前に、現在「柏樹關(はくじゅかん)」と呼ばれる宿泊施設が建設されています。永平寺に向かって右手側に川が流れており、その向こう岸に「柏樹庵(はくじゅあん)」という塔頭がありました。柏樹庵の尼僧さんが私と同じ日に永平寺で瑞世の法要をなさったご縁で、修行中何度かお茶を飲みに行った記憶があります。 現在永平寺の門前街が諸々整備されておりますが、その一環として川岸をきれいに調え、柏樹庵も一度解体してその跡地に建築されているのです。
典座和尚のひとりごと

大本山永平寺参拝 細部の見どころH30版

永平寺をお参りしてきました。 最近永平寺にも待望の公式サイトが設けられ、また諸々の観光情報誌等で頻繁に紹介されているため永平寺を訪れる方にとっての情報が増えておりますが、今回はあまり他では載せられていない、知らずにいたらつい気が付かず通りすぎてしまいがちな小ネタ的情報をいくつかお伝えしたいと思います。お参りに行く方の参考になれば幸いです。
典座和尚のひとりごと

面山瑞方禅師二百五十回大遠忌法要

平成30年9月17日、面山禅師250回大遠忌法要が福井県小浜市永福庵にて修行されました。 面山禅師は江戸時代に偉大なる業績を遺された曹洞宗の高僧です。 熊本に生まれ、15歳で母を亡くしこの世の無常を観じて出家...
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