料理写真を撮るようになったきっかけ その1

さて昨日の続きです。
パソコンのデータを整理したら昔の料理写真が出てきました。もともと中学生のころから写真が好きでした。高校の時には学校にカメラを持って行き、クラスメイト全員を一人ずつ記念に撮ってあげたり、大学のときもなにかことあるごとにカメラを持ち出して撮りまくっていました。

しかし、いわゆるカメラ好きとはちょっと違いまして、カメラ自体にはあまり興味がなく、カメラのしくみとか、撮影技術、知識などには一切目もくれず、撮ることよりも、撮った写真に興味を持っていました。
ようするに写真によって記録が残せることが好きで、写真の構図とか上手いヘタは関係なく、みんなの楽しい顔が写真に写っていればそれでよし、というタイプです。

そのため、カメラ自体はなんでもよくて、全部オートでシャッターを押すだけの全自動コンパクトカメラ専門でした。カメラのメーカーさえもよくわかっていないくらいで、「写るんです」などの簡易カメラでもかまいませんでした。

大学を卒業した後は修行の道に入ったわけですが、永平寺ではカメラなどの私物は禁止されていますので、当然のことながらしばらく写真から遠ざかっていました。

私は永平寺一年目の秋に調理係に配属されました。当時の調理係の体制は、まず最高責任者の典座老師がおられ、それを補佐する副典座老師がおられました。
さらに当時修行僧五年目の先輩雲水が看糧(かんりょう)という調理係の修行僧をまとめる役を務めており、その下にわたしたち一年目の修行僧が菜頭(さいじゅう)として十人ほど調理係として配属されていました。
わかりやすく会社に喩えて言ってみれば、仮に永平寺の禅師様が社長なら典座老師は調理部門部長、副典座老師は課長、看糧さんは係長、菜頭である私たちは一般社員といったところでしょうか。

子供の頃から、自分の寺で母が作っている精進料理に関心を持っていたため、調理係に配属されたときも、調理をする基本知識はある程度持っていたのですが、そうはいっても永平寺の精進料理の作法や手順は全然知らず、まったく一からの出発です。
老師や先輩、先に配属された仲間から手ほどきを受けたりして調理法などを教わるわけですが、はじめの頃は覚えるのに無我夢中で突き進んでいたものの、だんだん慣れていくうちに、ある不便を感じるようになりました。

料理に使う食材は、季節によって変わります。たとえば夏のうちはナスとか胡瓜を多用するわけですが、明日は胡瓜の酢の物だというとき、それをはじめて作る者は、以前に作ったことがある仲間から手順や注意点を聞いて勉強をするわけです。ところが季節が秋に移ると、今までの季節ではあまり作ったことがないような、たとえば里芋の味噌煮込みね、というような献立が指定されたりするわけです。
そうすると、一年目の修行僧にとっては全くはじめてなので、誰に聞いてもわからない状態が発生します。
その時には直接典座老師や副典座老師、または看糧さんに質問して教えてもらうわけですが、そうはいってもいつも都合良く質問できるわけではありません。
老師達が法要などで留守の時もあるし、また来客膳などを調理していて手が離せないこともあります。

その場合、今までの先輩が書きのこした「献立ノート」が登場します。それは調理場の隅に置かれた事務机の引き出しに入っており、歴代の先輩方が調理した献立の調理法や注意点が書き込まれているのです。
もちろん、直接聞く方が何倍も確実なのですが、それが不可能な時には、このノートがとても役に立ちます。
しかし残念なことに、几帳面な人が書いたページはとても詳しくてポイントが抑えてあり、とても役に立つのですが、中にはいい加減に書いてあって何が何だかわからない記述もけっこうたくさんありました。わかりやすいように献立の絵が描いてあったりするのですが、上手な絵の場合は料理のイメージがつかめるのですが、中にはなんじゃこりゃという、絵なのか落書きなのかわからないようなものもあったりします。

そこで私は考えました。作った献立を写真に撮って残せば、後で便利なのではないか、と。しかし申し上げたように永平寺ではカメラの所持は禁止されています。
たとえば特別な法要があったり、老師が退任したりする時には、永平寺の近くからプロのカメラマンが来て、公式の記念写真を撮ったりはしますが、雲水個人がカメラを持つことはできません。
まずは修行僧五年目の看糧さんに相談してみました。この先輩はとても厳しい方でしたが、料理に関してはとても話のわかる方でした。先輩の部屋には数々の公式記念写真を納めたマイアルバムがあったので、もしかして写真に理解を示してくださるかも?と思いました。
ところが、看糧さんはあまり多くを語らず、「それは直接典座老師に聞いてみなさい」と言うのみでした。

ある日私はダメでもともとと思い、典座老師にお願いしてみたのです。
「できあがった献立の記録写真を撮ってみてはどうかと思うのですが・・・」

長くなったので続きます。

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2件のフィードバック

  1. 小林肇 より:

    いい老師様に出会えたようですねえ。(^^)
    確かに昔は「身体で覚えろ!」という風潮が強かったですね。
    典座老師様がおっしゃる事もわかります( ̄  ̄)(_ _)。
    でも、作った料理を写真にしておけば一目瞭然。
    まさに「百聞は一見にしかず」となりますね。
    それと写真の料理を基にして応用も出来るでしょうから、後世へ伝えるためには現代では必須でしょうね。
    まあ、わたしは和尚の本を見て研究してますけど(^^;
     話は変わりますが、この時期になると根菜類や白菜、キャベツ、小松菜などが非常に美味しく感じられます。
    昨日はカブの皮を剥きながら、葉っぱはおひたし皮はきんぴらに。
    でも、聖護院カブだったから量が半端じゃありませんでしたが(^^;
    (カブ本体はカブラ蒸しと千枚漬けと味噌汁と煮物…)
    まさにカブラ尽くし…(● ̄▽ ̄●;)ゞ

  2. より:

    典座老師様の危惧されたお気持ち、よくわかります。
    でもその後の慈悲深いお言葉がとても温かく、心に沁みますね。

    そのときの典座老師様のお言葉がなかったら、もしかしたら典座和尚様がこうしてブログにレシピと写真を載せるということもなかったかもしれません。
    そう思うと、私としても典座老師様に感謝です。

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