典座和尚の食育説法 in 新潟慈光寺


典座和尚の食育説法、先月の東京に続いて7月は新潟県五泉市の慈光寺さまに招かれてお話してまいりました。

なんと高速道路の途中でたいへんな渋滞に巻き込まれてしまいました。どうやら事故があったようで、ICで全車強制的に下ろされることに。下りるだけで1時間以上かかる大渋滞です。まったく動かないため、オーバーヒートを避けるため、多くの車がエンジンを切って動くのを待ちます。
やっとIC出口まで出ると、改札の先で、ナビのついていない車がここからどうやって進めばいいか、警察官に尋ねる車でまたさらに超渋滞。なんとかその行列を抜け出し、やむなくここから遠回りして一般道でお寺に向かいます。カーナビがなかったらどうにもなりません、感謝です。

今回は時間にかなりの余裕をみて出発してきたため、法要に遅れることはありませんでしたが、こうして予期せぬ事故などにもときたまでくわすため、大事な依頼のときはなるべく時間に余裕を持って移動するようにしています。性格的に心配性で、時間ギリギリ到着だと精神上よろしくないしドタバタすると実力が出せない場合があるため、いつも早めについて少し待つくらいの到着を心がけています。今回もそのおかげで助かりました。

お寺のふもとにある駐車場に車をとめ、そこから徒歩で登り坂を進みます。
自動車による観光参拝者が増えすぎて参道の木々が排気ガス等で傷んできたため、当面の措置として特別な事情の方以外は徒歩で参拝するようです。

それにしても立派な杉の木が立ち並びます。まさに人里離れた深山幽谷の地という趣きです。慈光寺には天狗伝説があるとのことですが、まさしく天狗が出てきそうな雰囲気です。暗くなってからこの参道を歩くのはちょっと怖いだろうなあ、などと考えつつ、汗だくで歩を進めます。

坂道を15分ほど歩くと、狭い道が急に開けて伽藍が現れました。なんだか永平寺の門付近にも似た光景のような?気がします。山門左には今回の法話の看板が。なかなかこんな看板まで設置してくださるお寺は少なく、その細やかな気配りのおかげで自然とやる気が湧いてきます。

山門をくぐると、非常に立派な伽藍がその偉容をあらわします。本山などと同様の、七堂伽藍形式で、正面に見えるのが法堂(仏殿)、右手側に庫裡と東司、浴司が配置されています。庫裡の南側はまだ増築されて間もないようです。
今回率直に感じたのは、これだけのお寺を掃除するのは大変だろうなあ・・と、ふだんの維持を想像して頭が下がりました。都市部ならまだしも、山に囲まれてこれだけ広いと、掃き掃除、草刈り、拭き掃除、そして冬の除雪などなど、色々と大変だろうなあと思わずにはいられません。
一般の参拝観光者はそんなことあまり思わないかもしれませんが、自分の寺でひごろ同じことをしている身としては、その大変さがリアルに想像できます。

庫裡の中では参拝者にお出しする精進料理のお膳が進められていました。もっと覗きたかったのですが、これだけの人数のお膳を用意するのはとっても大変だということはよくわかっているので、邪魔をしないように気を付けて入り口から見学するだけでやめました。
むかしながらの作りのお寺の台所で、かまどやいろりもある立派な台所でした。

広すぎて一枚の写真では収まりませんが。向かって左側は僧堂(坐禪堂)です。内部も広くて立派で、大人数が一度に坐禅できる広さです。これだけ本格的な坐禪堂は、なかなかないくらいの素晴らしい坐禪堂です。時間があればぜひ坐ってみたいと思わせる雰囲気に包まれています。
今回は坐禪堂で参拝者に抹茶を点てておもてなしをされるとのことで、和服を着た茶道会の関係者が忙しそうに準備している最中でした。

いやーなんだか修行道場なみの設備と広さだなあ、と思いましたがそれもそのはず、ここ慈光寺は江戸時代には越後四道場の一つとして、多くの修行僧が集った名刹でした。古すぎて開創年代は不明で、南北朝時代の武将、楠木正成の孫である傑堂能勝禅師によって1403年に復興されたということです。山門にかけられた紫の幕に描かれていた、菊の下に水の流れを表した寺紋は、楠木正成公に由来する家門だとか。それだけ遠い歴史を持っているならば参道の太い老杉にも納得です。どの建物も、使われている材木も非常に立派で歴史を感じました。

ちなみにこのお寺の裏山は越後白山に連なっており、登山愛好家に人気のコースがあるようで、この日も本格的なリュックを背負い、堅牢な登山靴を履いた登山者がたくさん参道を登っていました。

まずは本日のメインである大般若法要。参拝者の願いをこめて大般若経を転読します。
たいがい、その寺の住職さんからは「どうぞ、法要には出ず、控え室で法話の準備をなさってください」とご配慮の一言をいただきますが、遠方の法要に招かれたとき、私はなるべく法要にも参加させてもらうようにしています。お言葉通りに、控え室で説法の最終確認をしている方が良いのかも知れません。しかしそんな直前にいまさら確認をしてもかえって心が乱れてしまいます。それよりも、別の地域の法要はいろいろ細かい作法が違ったりして非常に興味深いものです。今回も大変勉強になる点がたくさんありました。

そしていよいよ私の説法。暑い中にもかかわらず、多くの方が耳を傾けてくださいました。
俗世間を離れた静かな修行道場での説法、本当に一期一会のありがたさをかみしめながらお話させていただきました。

この日の天気予報は雨だったのですが、全て終わって寺をでたところでタイミング良く大雨になり、参拝者のみなさまが帰るときまでは崩れずに済んで何よりでした。きっとご本尊さまのお力でしょう。

お世話になりました方丈さま、若方丈様はじめ山内御一同様、いろいろとお気遣いくださり誠にありがとうございました。
それにしても素晴らしい伽藍に驚くばかりでした。こんな立派なお寺で法話を行う機会に恵まれ、幸せとしかいいようがありません。またいつかゆっくりお参りしたいなあ、と思いつつ帰路につきました。

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