包丁選びとお手入れの基本1 前書き

新刊書『はじめての精進料理』(東京書籍)が刊行されておよそ二ヶ月が経ち、さまざまな声が寄せられています。内容に直接関わる内容はできるかぎり個別に返信させていただいておりますが、中でも反響が大きかったいくつかの項目について、掲載内容を補足する形で、当ブログで記事を書きたいと思います。

第一弾は「包丁」についてです。
『はじめての精進料理』では、特に包丁については読者の意見が分かれるような衝撃的な?内容をあえて書きました。衝撃的というと大げさかもしれませんが、一般的な料理本では踏み込まないであろう点まで率直に書きました。まあ各方面に角が立たないような無難な書き方もできたのですが、あえてそれをせず、自分が良いと思っていることをストレートに書いたため、当然ながらそれに対して賛否両論の反応があったのはやむを得ません。
包丁と砥石に割り当てられたのは1ページ。これでも世間で出回っている料理入門書の中では多く割り当ててもらえた方で、ほとんどの本には砥石すら出てこない程度ですから編集者が頑張ってくれた方ですが。しかし1ページではとても伝えきれない部分があるので、それをブログで補足しようと思うのです。

さて、本題に入る前に少し脱線して、私の買い物やモノを選ぶ際のポリシーについて少しお話したいと思います。長文になるので暇な人だけお読み下さい。

結論を先に言うと、つきあいが長くなる品や大事な仕事で使う品については「自分で納得いくまで充分に下調べしてから買う」ということです。
「そんな面倒なことをせず、お店で店員さんに聞いておすすめを買えばいいじゃん」と思うでしょ?
私もその方が楽だと思います。しかし、もし仮にその店員さんがモノをよく知らなかったらどうなりますか?
一般的には、店員さんが品物についてよく知らないなんてことはないだろ、と思いますよね。
ところが私は今までの人生で、店員さんを信じたばかりに後悔したことがそれこそ何度も何度もあるのです。

記憶に残る後悔の中でいくつかを挙げると、まず大学生になってすぐ、クラシックギターをはじめたくてお茶の水の楽器店に行きました。高校時代に夏休みの夏期講習をお茶の水にある予備校で受けた際、その行き帰りに楽器店がズラーっと何軒も並んでいるのを観て、東京で楽器を買うならこのあたりなんだなあ、と勝手に思ったのです。
楽器店を何軒か回って、一番クラシックギターの品揃えが多そうな店で店員さんに声をかけ、初心者にはどれが良いのか教えてもらい、貯金をはたいて購入しました。
しかしその時買ったクラシックギターは、わずか半年ほどで手放すことになってしまいました。というのも部の先輩や、後に入学したギター学校の先生に、「あーこのギターでは上達しにくいだろうねえ」とズバリダメだしされてしまったからです。自分自身、半年使ってみて使いにくさを感じており、ずいぶん無駄な出費になってしまったな、と大後悔でした。

じゃあどうしてあの店員さんは私にあのギターを勧めたのだろう?とあれこれ考えてみました。
今になって思えば、応対してくれたのは金髪のロングヘアーのヘビメタ系店員さんでした。私がはじめてギターを買ったお茶の水の楽器店は、ロックギターもピアノもトランペットもクラシックギターも、楽器なら何でも売ってる総合的なお店だったので、おそらくそのヘビメタ系店員さんは、エレキギターやベース、ドラムなどについては非常に詳しかったのでしょうが、クラシックギターのことはほとんど知らなかったのではないか・・・そう思います。たぶん、ピアノを買おうとしてその店員さんに声をかけても似たような結果になったかもしれません。

当然ですが、買い換えたのはクラシックギター専門店で、先輩や先生の意見をよく聞いてから選び、そのギターはいまだに私の手元にあります。まあクラシックギターってかなりマニアックな分野なので、業界の事がよくわかった今となっては、何でも売ってる万能楽器店で買おうとはあまり思わないです。

そこで高校生の私が学んだのは、もちろん全ての商品をよく知っている店員さんもいるでしょうけど、そうでない店員さんもいる。たまたまバイトのヘビメタ君が応対することだってある。だからまるっきりお店に任せてしまうことはとっても危険だということです。

次に人生の中で大きな買い物といえば自動車です。はじめに買ったのは中古のマニュアル車(ギアチェンジをクラッチを踏んでシフトギアを入れ替えて自分でするタイプ)でした。なぜならうちは雪がたくさん降るので、道路が凍ったくだり坂はギアをローに入れてエンジンブレーキを利かせて降りるのが安全だと教習所で習い、父も教えてくれたからです。
しかし数年たって近所の人が乗っている車をみると、だいたいオートマチック車です。オートマ車でも冬のくだり坂は大丈夫か聞いてみると、まあよほどのことがなければ問題ないとのこと。
それならオートマ車の方が何かと運転が楽で、車選びの幅が大分広がるため(マニュアル車の設定がない車種が多い)次に買い換える時はオートマ車にしようと思いました。

そして候補の車を決めて試乗させてもらいました。
助手席にカーディーラーの営業マンさんが同乗し、くだり坂を下りる際、「今はマニュアル車なので、雪のくだり坂が一番心配なんですが、オートマでも大丈夫ですかね」と質問すると、営業マンさんは「オートマでもギアを手動で変更できるので、このレバーをLか2に落とせば、マニュアル車のローギアとまではいきませんが、ある程度のエンジンブレーキは利きますよ。ただし、Lか2に落とす際は路肩に停車し、一時停止してギアのレバーを操作して下さい。運転しながら操作するとギアが傷みます。逆にギアをドライブに戻す際は止まらなくて良いです」と答えてくれました。

車の運転にすっかり慣れ、東京の道でもどこでも全く問題なく運転できる今となっては、なんという間違った情報なのか!と腹が立ってきます。
ちなみに教習所ではすべてマニュアル車だったため、私はその営業マンさんの言葉をすっかり信じてしまいました。
そしてその営業マンさんからオートマ車を買い、半年位経って友人を乗せた際、いちいち路肩に一時停止してギアを落とす私をみた友人は不思議そうに「なんでそんなことするの?」と言いました。
そこで初めて、ギアを落とす際に停止する必要はないということを知ったのです!
今思えば笑い話ですが、まさか車を売るプロの営業マンさんが間違えたことを教えるなんて思いませんよね?

最後にもう一つ、本題の包丁に関してもこういう経験があります。
詳しいことは記事で書くので解説は省きますが、とある築地の名の通った包丁専門店にふらっと立ち寄った際、応対してくれた若い店員さん。
高級品の「本焼」包丁を見せてもらい、本焼に出る「刃紋」が特徴的だったのでしばらく眺めていると、店員さんが「その部分は軟鉄を接合しているのでそうした筋が出るのです」と声をかけてくれました。
軟鉄とハガネを接合して作るのは、普及品の「合わせ」包丁で、本焼はハガネだけで作るため軟鉄は使っていないはずです。
「え?これって本焼ですよね?」と確認しましたが「ええ、そうですよ?何か?」という反応でした。
すでに経験上、店員さんでも間違える人はいるものだ、と学んでいるためその場ではそれ以上突っ込みませんでしたが、専門の包丁店でさえこうした店員さんが実際にいるのです。中には包丁の解説が明らかにおかしなネットショップもみかけます。

(続く)

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