サマーダンスフェスティバル

お檀家さん宅にお盆のお経に行った際、お斎の席で近くに座った親族の方の話がおもしろくて、ついつい長居してしまいました。
色々な話を聞いた中で、ちょっと考えてしまった話題がありました。

その親族の方が住む都市では、地域の自治会行事で以前から盆踊りを行っていたそうです。
「盆踊り大会」といっても踊りだけでなく、役員がかき氷や綿あめ、焼き鳥やビール、くじなどの売店を出すいわば盆踊りと夏祭りをミックスしたような行事で、地域の子供たちも楽しみにしている自治会の一大イベントだったそうです。
まあどこでもある夏の楽しい行事でしょうね。

ところが近年、地域に新興住宅地が開発され、新しく引っ越してきた人達がたくさん自治会に加入するようになったのだそうです。

そうしたら、自治会の定例会議でこんな意見が出たのだとか。
「盆踊り大会ですが、盆踊りって仏教の行事ですよね。特定の宗教に関係する行事に、自治会の予算を使うのは問題だと思います。私は他の宗教を信仰していますので、盆踊り大会には協力したくありません。」

その親族の方はお酒を飲みながら少し大げさに言っているような話ぶりだったので、どこまで実話なのか知りませんし、多少補完した部分もありますが、私が聞いたのはだいたいこんなところです。
皆さんはこの話を聞いてどう思いますが?
ストレートに「けしからん!」と思う方も多いと思いますが、よくよく考えてみるとこれはいちがいにモンスター的な意見とはいえないように感じます。
昔はほとんどの住民がお寺の檀家だったためこうした意見が出なかっただけで、現在はさまざまな宗教を自由に信仰して良い時代です。こうした意見が出ても当然です。

こうした場合、「今までずっとやってたのだから今後も続ける」というような根拠が薄い反論では説得力がないと思います。それだと疑問意見を出した人は自治会費を納めたくなくなるし、自治会に参加しなくなってしまうでしょう。

その自治会では中止も考えたようですが、子供達が楽しみにしていることもあり、とりあえず宗教色を消すために行事の名称を「盆踊り大会」から「サマーダンスフェスティバル」に変えたそうです。中身は変えず、盆踊りと出店は今まで通りということで決着したのだとか。

まあお互い大人なのであまりもめないように落としどころを決めたのでしょうが、ネーミングを変えても中身が同じなら、グッとこらえて名前もそのままにして欲しかったところです。
だって、「サマーダンスフェスティバル」ですよ。なんという違和感。
「盆踊り」の言葉が持つ、先祖を敬い、今生きていることに感謝しつつ、夏の疲れを皆でにぎやかに楽しんで癒そうとする日本人ならではの感覚が失われてしまうようで残念です。

そもそも日本の文化の大半は、仏教か神道の影響を受けているといっても過言ではありません。
そこにこだわりすぎると、逆に大きな部分で損をすることになると思います。
大変難しい問題だと思いますが、こういう策はどうでしょう。
盆踊りは盆踊りとして自治会行事として残し、その代わりクリスマス会とかサンバカーニバルとか、どんなイベントがあるのかよく知りませんがとにかく他宗教に関係する行事も自治会で企画し、住民が公平に楽しめるようにするしかないと思います。
そのかわり、私はクリスチャンだから盆踊りには協力しない、とかいうわがままは無しにして、どの行事にもちゃんと参加するようにしなくてはいけません。

そもそも、盆踊りは仏教的思想を土壌として成立した行事ですが、仏教徒でなくては参加してはいけないような厳格なものではありません。もっとユルくて良いのです。
外国の旅行社が、浴衣を借りて盆踊りの輪に加わって、踊り方もたどたどしいながらもその雰囲気を楽しんでいる姿をたまに見かけますが、「私は仏教徒じゃ無いので踊れません!」とかいって頑なに拒否するよりよほど良いと思います。

自治会の親睦旅行で永平寺に参拝するとしたら、別に曹洞宗の信者だけでなくても日本文化に触れる機会として純粋に楽しめば良いと思います。
ただし、永平寺の定例法要に参列し、ご本尊さまに礼拝読経して何泊かして坐禅をし、伽藍を維持するためのお布施を納めます、というような踏み込んだ信仰を伴う場合は自治会の行事としてふさわしくないでしょう。その辺の線引きは難しいところだと思います。

親族がキリスト教の教会で結婚式をする時、自分がキリスト教を信仰していなくてもとりあえず一緒に賛美歌を歌うことがあるように、信仰しているしていないではなくてその時の状況で表面的に加わり、楽しむことを互いに寛容し合わないとうまくいかない時代です。

もともと神社で神頼みしてお寺で墓参りするような宗教の共存は、ずっと日本人の得意なユルさでした。しかし厳密なことをいえば、そんなうわべで宗教に関わってはいけない、もっと本気で一つの信仰を持つべきだ、という正論もあるでしょう。しかしあまり厳密に自分が信じる宗教だけしか認めない姿勢を貫いたのでは社会生活がギスギスしてしまいます。

信仰は信仰として自分の内面で大切にし、地域の行事のような社会的な場面では他宗教にも寛容になり認め合うような姿勢が今後さまざまな場面で欠かせなくなっていくでしょう。

サマーダンスフェスティバル、そのネーミングを聞いてお盆の時期に考えさせられました。
そういう時代なんですねえ

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Posted by 管理主宰者・典座和尚