随喜功徳

先月の末、古巣である永平寺東京別院の報恩御征忌法脈会を数日間手伝ってきました。

道元禅師の年忌法要である御征忌と、禅師様が志ある者に戒を授ける法脈会の儀式を併せて行う大法要で、一般参加者と手伝いの僧がたくさん集まるのです。

 永平寺別院の典座職を退任してからはや一年、手伝いの身とはいえ正式に敷居をまたぐのは久しぶりのことで、懐かしい顔ぶれに再会できて感慨深かったです。後任の副典座老師もとても頑張っており、厨房設備もだいぶ改装され、私の在任中をはるかにこえて充実した修行を行っている印象を受けました。


随喜功徳

↑永平寺別院の広い法堂を埋め尽くすほど大勢の随喜僧

 法要に参加したり、手伝ったりすることを禅寺では「随喜(ずいき)」といいます。
 随喜に行くと、朝4時に起きて、夜の9時までほとんど休む間もなく動いて立ちっぱなしでお手伝いをします。当然修行道場ですから、テレビも娯楽もありません。夜は狭い控え室にすし詰め状態で雑魚寝するわけで、隣のいびきやら歯ぎしりやらでほとんど熟睡できません。
 随喜をしない他の僧から見れば、「よくまあ好きこのんでそんな大変なところへわざわざ行きますな、お偉いことですなあ」というような半ばバカにしたりあきれたりする意見や、あるいは「そこまでしていくからには、何か楽しいこととかお得なことでもあるんでしょう」と勘ぐる方も実際におられます。

 正直言って、体力的にかなり厳しくつらいのに、それでも多くの僧が自ら進んで随喜するのは一体なぜなのでしょう。

 辞典によると、「随喜」とは
1 人に良いことをするように勧めて、その姿を見てよろこぶこと。
2 転じて、法要に助力することを随喜という。
 随喜すれば、自分もまた功徳を積むことになる。それを「随喜功徳」という。

 と記されています。随喜することによって、その法要の功徳にあやかって自らも功徳を積むことになるわけです。
 しかし、私が思うに、功徳を積むのであればわざわざ北海道だの九州のような遠方から、移動だけで何時間もかけて道場に集まらなくとも、自分の寺で別のことに精進しても功徳は積めるはずなのです。
 私見ですが、功徳を積もうとして随喜に来ている方はそれほどいないと思います。
もしいたとしても、功徳という対価を設定して、それを得るために行ったのでは、かつて達磨大師が武帝に「無功徳」と答えたように、ほんとうの功徳にはなりません。

 ではなぜ皆わざわざ遠くまでやって来て、つらい思いをするのでしょう。
一つには、自分を育ててくれた修行道場への感謝の念から、報恩のために随喜するのだと思います。自分の苦労がにじんだ学びやに対して恩返しをするのです。修行時代は、こんな厳しいところ、一刻も早く帰りたい、と何度も思うのですが、道場を去り、一人で寺の運営にあたるようになると、修行道場のありがたさを痛感し、先輩や指導者の厳しかった言葉に隠された慈愛にようやく気づくのです。

 そして二つめ、修行道場には独特の緊張感、真剣さが漂っています。自分の寺で一人でいたのではなかなか味わえません。雲水たちが真剣に汗をかいて頑張っている姿は、娑婆の空気の中で忘れかけていた修行時代の情熱と初心を想い出させてくれます。手伝いに行ってこちらが雲水たちに教えることよりも、現役の雲水たちから無言で教わることの方が多いのです。

 こうした理由で、文字通り「んで行」するのではないでしょうか。功徳はあとから黙ってついてきます。損得勘定抜きの清らかな行いであるからこそ、随喜僧たちは輝いて見えるのだと思います。

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