永平寺の精進料理レシピをまとめる作業

(前回の続き~)

さて、ということで永平寺の修行3年目の私は、今度はちょっと責任が重い立場で、再び台所係に配属されました。1年目のときには自分の修行だけに専念していればよかったのですが、今度は自分の修行だけではなく、一年目の修行僧も見てあげなくてはいけません。

以前にもまして忙しい日々を送っていましたが、その頃、私たちを指導してくださっている典座老師が、一年以内に典座を退任して自分のお寺にお戻りになるという話を内々にお聞きしました。
修行僧を指導してくださる老師方は、それぞれ自分のお寺を留守にして永平寺に常在して下さっているため、いつまでも永平寺に留まるわけにはいかない事情があります。 すでに何十年も永平寺で典座をつとめた老師でしたが、年齢のこともあり、そろそろ退任して自分の寺での布教に専念したいと考えておられたのです。
まだ皆には内緒でしたが、まあ立場上、台所の修行僧のチーフ?である私には教えて下さったのです。

そこで私は、典座老師が今まで永平寺で作った献立を、ご退任前にまとめてはどうでしょうか、と申し出たのです。まあ、今考えれば、一介の修行僧がそんな差し出がましい申し出をするなんてなんとも身の程知らずな恥ずかしい発言なのですが、典座老師は一年目の私に言って下さった時と同じように、慈悲の心で許可して下さいました。

日常の献立は典座老師が半紙に筆で書き、修行僧がそれをひもで綴じて保存しています。他にも、典座老師の部屋には、来客や特別行事の際の特別献立がたくさん保管されていました。それをなんとか一つにまとめて形に残したい、と思ったのです。
一番簡単な方法として、コピー機で複写してファイルしたらどうか、とも考えましたが、それではただ複製を作るだけになって現状の保管方法と変わらないし、枚数が多すぎて活用しにくくてダメだと思いました。

そこで、同じくそのころ市場に出回りだしたノートパソコンとプリンターを利用し、過去の献立を打ち込んでデータ化し、プリントアウトすれば、文字も小さくてすむし、重複した献立も整理しやすいだろうと考えたのです。それには買ったばかりのデジカメもデータとして役立つだろうし。
当然修行僧がノートパソコンを持つことはできませんが、典座老師のお口添えもあり、そういう目的であればよかろう、ということで特別に許されました。当時はまだ携帯電話も普及していなかったので、ノートパソコンでインターネットに接続することもできず、あくまでパソコンといっても事務機器の一つだったので許可されたのだと思います。今だったらそんなに簡単に許可はされないでしょう。

さて、そうはいってもワープロも使えない私ですから、まずはパソコンを使えるようにならなければ話になりません。キーボードと画面を交互にみながら1本指でポチポチと押し、少しずつ使い方を覚えていきました。
1ヶ月くらいでなんとか基本的な操作はできるようになりました。しかし台所係は毎日とても忙しいので、なかなか献立を打ち込む作業が先に進みません。空いた時間を見つけては作業を進め、また夜は睡眠時間を削ってコツコツと打ち込みました。

余談ですが、当時のノートパソコンのOSはまだウインドウズ95で、今と違って非常に動作が不安定で、何かのかげんですぐにフリーズしてデータが消えておりました。
今のパソコンは、よほど無理な操作をしなければ、ほとんどフリーズしませんが、当時は何度打ち込んだデータが消えたかわかりません。

データが消えないようにフロッピーにバックアップしようとしたせいでなぜかフリーズしたり、ほんとうにビクビクしながらパソコンに向かっていました。
中でも一番泣きたくなったことがありました。

献立の入力もだいぶはかどり、2/3くらい進んだときのことです。永平寺には、衣やお線香など、修行に必要な物品を納入する出入り業者が何軒かいるのですが、その中のある親切な人が、便利なソフトを持ってきてくれたのです。
そのソフトをインストールすると、パソコンの動作が数倍速くなるとか。さっそくその業者さんの見ている前でCDロムを入れてインストールしました。するとなんだかパソコンの様子がおかしいではありませんか。

画面が真っ暗になって全く動かなくなりました。まあ、あのときほど背筋が寒くなったことはありませんでしたよ。しかし一応その業者さんの前であまり不安がるのも悪いかなと思って、「まあなんとか治ると思います、あまり気にしないで下さい」と作り笑顔で平静をよそおいました。

自分でいじってもウンともスンともいわないので、仕方なくメーカーに修理に出しました。後日連絡があり、「保証外のソフトをインストールしたため、起動できません。治すには、ウインドウズを再インストールしないといけませんね。なお再インストールするとデータは全て消えてしまいます」とのこと。まさにガックリと地に伏せってしまいました。まあ、そのころはソフトとの相性があって、変な非公認ソフトを入れるのはとても危険だったのです。

これでデータ入力は大幅にブレーキがかかりました。少しはフロッピーに保存してあったのですが、ほとんどが消えてしまい、またはじめから打ち込み直しです。
いやーこれにはホント参りました。ちなみにそれ以来パソコンデータの保存には人一倍気を使っており、先日ブログに載せた外付けハードディスクの写真でわかるとおり、常にデータはバックアップしています。そのころは外付けハードディスクとか便利な機械がなかった(MOとかありましたが高価で買えませんでした)ので仕方ないんですけどね。

ところが、そうこうして予定が大幅に遅れているうちに、私はまた別の部署に転役することになってしまいました。しかし、だからといって途中であきらめるわけにはいきません。ここまで来てあきらめたら一生後悔します。新しい部署でも、毎晩パソコンに向かってデータ打ち込みを続け、わからない献立は典座老師の部屋におうかがいして質問し、入力を続けました。

そうしてなんとか典座老師が退任する前に間に合いできあがったのがこの献立集です。献立の種類・食材別にまとめられ、調理法やポイントも書いてあります。全くの自費作成だったので、全ページに写真を載せることはできず、巻頭の数ページだけでしたが、デジカメも大活躍しました。

永平寺精進料理献立集永平寺精進料理献立集2

永平寺精進料理献立集3

この献立集は10セットくらいプリンターで印刷し、典座老師のお部屋の資料棚と、典座老師自身、そして台所の事務机の引き出しに、記念として置いてきました。あとは欲しいと言われた先輩や仲間にあげました。まあ、今となっては良い想い出です。
このときのつらい経験が、私のレシピ作成能力を養成した?ように思います。
和食の調理人さんと話をすると、やはり若い頃、修行に入ったばかりのころは、自分の個性だの独自性だのはとりあえず置いておき、とにかくいろいろな伝統的献立の調理法をしっかり身につけることが第一だ、と皆さんおっしゃいます。
そういう意味からも、この献立集作成の経験がとても私の役にたったことは間違いありません。

余談ですが、私が永平寺から去るとき、ノートパソコンを宅配便で送ったらパソコン自体が壊れてしまい、このデータは幻と消えました。ときどき、欲しいと言われるのですが残念ながらもうデータがありませんのであしからず。しかし、データは消えましたが、私の脳みそにインプットされた手順は消えません。ふしぎなもので、その季節になるとその季節の献立が自然に頭に浮かんでくるものです。
「あー、そういえば永平寺の厚い夏に、汗をかきながらナスの素揚げをしたっけなー」
っていう具合に、体が覚えているのです。

私の脳みそにインプットされた経験とデータを生かして、これからも精進料理レシピを紹介していくつもりです。

ところで、そもそもこの記事のテーマである、永平寺修行中に撮った料理写真を見せるという話はどうなったの??

・・・あまりに恥ずかしくてちょっと載せられないのですが、期待している熱烈な読者様もおられるかもしれないので、次回ちょっとだけお見せします。(つづく)

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コメント

  1. より:

    なかなか素晴らしいとおもいます。。 ?