うどの皮のきんぴら

お彼岸も過ぎ、ようやく午後のひとときには暖かい日差しが差し込むようになってきましたが、今年はまだまだ朝晩寒い日が続いています。

寺の裏庭には本堂の屋根から落ちた雪が日陰のため溶けずたくさん残っており、屋根の庇に届くほどです。

すでに桜が咲いている地方もあるようですが、当地は桜どころかまだ梅もようやくつぼみがふくららみ始めたばかりで、先日もそのつぼみに雪が積もっていました。
山寺の春はまだまだ先のようです。

しかしお店には早くも春の旬の食材が並び始めています。
比較的入手しやすい「うど」、どの家庭でもこの時期食卓に並ぶことが多いのではないでしょうか。

うどを使った料理はたくさんありますが、みなさん皮をどうしていますか?
私自身、台所係に配属されたばかりの新米修行僧のころ、皮など当然捨てるものと思ってゴミ箱に捨てようとしたとたん、典座老師に「待て~~い!」と大きな声で止められた想い出があります。

精進料理では、食材の命を尊び、大切にします。したがってたとえ皮でも、使えるものは最後まで使い切るよう努力します。その努力や手間を惜しみ、軽々しく捨ててしまったら、それはその食材の命を粗末に扱ったことになるのです。

道元禅師の著、『典座教訓』にいわく
「之を護惜(ごしゃく)すること眼睛(がんぜい)の如くせよ」
「之を敬重(きょうじゅう)すること、御鐉草料の如くせよ」

(どんな食材であっても、自分の目玉と同じくらい、あるいは王様にお出しする食事の材料と同じくらいに大切に重んじて扱いなさい)

こう書くと、「なるほど、そうした教えに基づいて、まずい皮を我慢して食べるのだな」と誤解されやすいのですが、そうではないのです。

その折、典座老師から「お前が捨てようとしたそのうどの皮、千切りにして炒めてみい」と言われ、サッと炒めて口にしてみると、シャキシャキしてほろ苦い中になんともいえないうまみが広がり、これを捨てようとしていたのか!と己の至らなさを恥じました。
それ以来私はこのうどのきんぴらの大ファンです。
このうどの皮のきんぴら、はっきり言って身の部分よりもおいしいくらいで、皮だけで売っていたら間違いなく買ってしまうくらいの美味しさです。
1本のうどから2~3人分しか取れないため、なかなか出来合の総菜としては売っていないため、手作りでしか味わえない珍味と言っても良いでしょう。
ただしこの料理は市販の栽培ものに適した料理で、野生の山ウドは皮が固くアクが強すぎるため向きません。
いくら私が言葉でおいしさを伝えても、作って食べてみなければその味はわかりません。ぜひぜひお試し下さい。

○うどの皮のきんぴら

1 うどの身を使う際、用途に応じた適当な長さに切り、皮をかつらむきにする。

2 水500mlに片栗粉を小さじ1入れてよくまぜ、むいた皮を5分ほど漬ける。
アクが出るのでいったん水をすて、別の水にさらに5分漬けて水を切る。
漬けながら、順に皮を千切りにする。

3 人参の皮があれば同じく千切りにする。

4 熱したフライパンにサラダ油を敷き、良く水を切った2と3を炒める。
塩少々をふり、油が回ったら酒を少し加えてよく炒め、酒が蒸発してきたら
しょうゆをわずかに加えて味を調える。

5 好みで一味唐辛子をまぶす。

※ごく簡単な料理なので分量はあまり気にせず、普通の野菜炒めの要領で作ります。
皮の残りを利用するわけですから、分量を指定された通りに皮を用意したのでは
本末転倒、あくまでも残った皮を上手く利用するための料理です。
あまり火を通しすぎないよう、シャキシャキ感を残します。

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