堺打刃物の工場見学~職人さんの心意気

「浄土宗寺庭婦人会 近畿地区研修会」の講師として兵庫県に赴くにあたり、いくつか立ち寄った場所があります。
私は講演に赴く際、時間さえ許せば必ずその土地の料理に関わるスポットを見学して見聞を深めることにしています。やはり実際に自分の眼で見て体験してこそわかることがあるからです。今回ターゲットにしたのは3箇所。いつもは一講演で一箇所の見学が基本ですが、遠く離れた兵庫県にそう何度も足を運ぶことはできないため欲張ってセッティングしました。

まずは堺の包丁職人さんの工場を訪ねました。

堺の包丁工場職人さん見学

私は何種かのメーカー・職人さんの包丁を使い分けています。ここはメインで使っている包丁の職人さんではないのですが、10年ほど前に知ってその仕上がりの良さから愛用しています。兵庫と大阪だとそれほど離れていませんので、このチャンスに特別にお願いして見学させて頂きました。

堺の打刃物といえば世界最大の仁徳天皇陵造成の際に使われた工事用の鉄器がその起源ともいわれ、後には政治的中心地から近かったこともあり、ポルトガルから鉄砲の製法が伝来した後の製造や、タバコが常用されるようになった後のタバコ包丁などの生産を担うようになりました。徳川幕府が堺刃物は特別に品質が良いとして印を付して専売としたこともあり、全国的に名を馳せることとなったのです。

全国シェアは7%、プロ用の業務用では90%が堺製という驚異の数字を誇っています。ハガネの包丁は年間30万丁、ステンレス製は5万丁、園芸用の鋏は90万丁!という生産高にも驚きます。

多くの包丁生産の現場は分業制がふつうです。たとえば、刃の部分をつくる職人さんはそれだけを専門で行い、数が揃ったら次の別の職人さんの作業場にブツをまとめて渡し、次の職人さんがそれを研ぐわけです。そしてさらにそれに柄(握り部分)を取り付ける職人さん・・・というように、何カ所の作業場を行ったり来たりして包丁が仕上がっていくのです。

そのため、私がメインで使っている包丁ブランドに、見学を何度かお願いしたこともあるのですが、分業制のためそれぞれの職人さんの都合があったり距離が離れていたりと、なかなか時間的な調整が難しく実現できませんでした。

しかし今回訪れたのは、これらの工程をすべて自社一箇所で実現しているきわめて稀なブランドです。自社で全て管理することにより、細かい部分まで思い通りに調整できるのがメリットだそうです。

たとえば、同じ品質の製品を効率よく大量に製造するなら分業制の方がはかどるしコスト的にも良いでしょう。しかし、私のように、ここはこうしてくれ、この部分はこう調整して欲しい、というような自分のクセや好みに合わせたオリジナル包丁を数本だけ依頼するような(めんどくさい顧客!!)には、このように一貫製造してくれるブランドの方がバランスを崩さず、ハイクオリティな仕上げが実現できることが説明を聞いてよくわかりました。

特注包丁というのはなかなか難しく、これだ!という仕上がりの逸品にはなかなか出会えないものです。それがなぜなのか、今回の見学で納得できました。

この大型機械で、ただの板状の鋼材を包丁の形に打ち抜きます。包丁のタイプによって打ち抜く型や長さがたくさんありました。まあだからこそ効率を求めれば分業にすべきなのでしょうね。

堺の包丁工場職人さん見学

この工場には、鋼材を熱して叩いてかたちを調える昔ながらの鍛冶の設備もありました。特注包丁は社長自らが叩いて打つそうです。

堺の包丁工場職人さん見学

火入れを終えた包丁を、微妙な曲がりやゆがみを槌で叩いて修正します。叩くだけでどこが不充分なのかわかるそうで、まさしく機械では不可能な職人の技です。ものすごい量の包丁を、一本一本手作業で修正するのはものすごく大変な作業だと思いました。安価な機械製包丁ではおそらく経ない工程だと思いますが、こうした手間が仕上がりに大きく影響すると思います。

少々高額になっても、一生毎日使う包丁であれば、こうした和の細やかさで仕上げられた包丁を使いたいものだなあとあらためて感じました。

堺の包丁工場職人さん見学

次に大型の回転式砥石で刃の部分を研ぎます。壁の向こう側に飛び散って付着した砥石のカスがその作業量の多さを物語っています。緑色の液体は、研ぎやすくしてサビを防ぐための薬品だそうです。私たち調理人がふだん使っている砥石とは全く異なる砥石で、これを使いこなすにもまた特殊な技術を要します。おそらくこの大型の砥石だけでものすごい金額なのだと思います。

堺の包丁工場職人さん見学

刃がついた包丁。ほぼ仕上がりの状態に近づいてきました。

堺の包丁工場職人さん見学

今度はそれに柄を取り付けます。流れるような見事な腕前にほれぼれしました。

堺の包丁工場職人さん見学

取り付けた柄を、握りやすくするために回転ヤスリで削ります。これがまた手の感覚だけをたよりに押し当てていましたが、均一に、そしてなめらかに仕上げる技に感嘆しました。

その他、写真に収めなかった細かい行程がたくさんあり、こうした手間のかかる作業を経て、一本の包丁が世に出されることが実感できました。お忙しい中、親切に御対応下さった社長さんはじめスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。

堺の包丁工場職人さん見学

見学中にも、外国の方が何人か工場を訪れていました。

ここ数年、和包丁の素晴らしさが海外で特に注目されており、国外からのバイヤーが大量に買い付けに来たり、あるいは品薄に待ちきれない料理人が個人で来日して直接買って行く場合も急増しているのだそうです。私が使っている他の産地でも、注文してからもう5年も納品を待っているものもありますが、それもまた職人さんが海外からの対応に忙しくて手が回らないと聞いています。

日本の素晴らしい製品が世界で認められることは良いのですが、それにより肝心の国内で品薄になっているのは残念な限りです。しかし生産者も霞を食べて暮らすわけにはいきません。日本人が100均ショップや安価なホームセンターの包丁ばかり使って、伝統刃物製品をないがしろにしたならば、産地が海外と契約するのも当然でしょう。やはり私たちが伝統的な和の職人仕事の素晴らしさを見直し、その価値を正当評価して、良い品にはそれなりの対価を惜しまないという姿勢も必要なのではないでしょうか。

毎日使う包丁が良いモノだと、料理が楽しくなりますし仕上がりも良くなります。そして愛着が湧くことで永く使えますし良い事づくめです。最近台所に立ってもどうも気がのらない、と料理に対するやる気がいま一つな方は、是非一度自分の包丁を見直してみてはいかがでしょうか。

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