精進料理のダシについて 9 椎茸ダシ補足

 さて今日は干し椎茸を使ったダシについて少し補足します。

昆布に比べて安価で、しかも少しの椎茸からたくさんのダシがとれるため、干し椎茸のダシは精進料理では非常に重宝します。

注意して欲しいのは、椎茸には「生椎茸」と「干し椎茸」がありますが、生椎茸からはほとんどうま味成分が出ないという点です。常識で考えれば、生の方が乾燥させたものよりも成分が多いと思うのが普通なのですが、そうではないのです。 生椎茸には、リボ核酸という物質と、それを分解する酵素が含まれているのだそうですが、生の状態では、概念的にいうとその二つは別々の場所に含まれているのだそうです。生椎茸を干すと水分が失われ、それによって細胞が壊れ、リボ核酸と酵素がはじめて混合されます。そしてその二つが反応を起こして、うま味成分であるグアニル酸が作り出されるのです。こういうメカニズムで干し椎茸のうま味成分が生成されるのです。

椎茸を露地栽培してみるとわかるのですが、短期間にたくさんの椎茸が集中して生えます。その一時期ではとても食べきれません。かといって、長期にわたって分散して収穫するわけにもいきません。そこで、先人たちは生椎茸を干して乾燥させる技を考えたのです。これにより長期にわたる保存が可能になりました。その上、うま味成分まで増えるとは、ただただ先人の知恵に感謝するばかりです。

さらにもう1点。上記の説明の通り、椎茸を干す過程でリボ核酸と酵素が反応を起こしてうまみ成分が作られるわけですが、その際、すべてのリボ核酸がうま味成分に変わるわけではなく、干し椎茸となった後もある程度の量のリボ核酸がまだ残っているのだそうです。

干し椎茸を水に漬けてもどす過程で、その残ったリボ核酸がさらに酵素と反応を起こしてうま味成分に変わるのだとか。その時、もどす際の水の温度により、うま味成分の量が変わるのだそうで、常温または冷たい水で戻すのが一番良いそうです。

したがって、通常調理人の基本として、干し椎茸をもどす場合、干し椎茸をボールに入れて水に漬け、春、秋、冬のように調理場が涼しい場合は常温で、夏のように調理場の気温が高い場合は冷蔵庫に入れて一晩おくというのは化学的に見ても理にかなっているといえます。

椎茸をもどすのを忘れていて、急いでもどすためにお湯でもどすことがありますが、それだとその酵素が働かなくなってしまい、うま味成分の生成が少なくなってしまうのだそうです。

干し椎茸をもどす際は、できるだけ時間をかけて冷水でもどすのが良いということになります。

今回はかなり化学的な知識をご紹介しましたが、調理人が現場でその技術を覚える際、このような知識まで気にすることはあまりありませんでした。先輩や師に「干し椎茸は前晩から水に漬けてダシをとること」といわれれば疑うことなく素直に従ったものです。

しかし、今は「なぜ?どうして?」という疑問を大切にする時代になりました。料理教室を行っても、たとえば「なんでわざわざ時間をかけて前晩から漬けるんですか?お湯でもどせば30分くらいでもどせるのに。」というような質問をしてくる方がけっこういます。

そうした時に相手を納得させるのもまた大事なことです。

作る側としても、理屈がわかっている方が、何を省き何を優先すべきかの判断もつきやすいし、また応用も効くというわけです。

もちろん、調理の現場では机上の理屈は必ずしも役立たないことが多いのですが、それでも知っているにこしたことはありません。これからの精進料理は伝統を大切にした上に最新の研究結果もふまえて行くべきだと思います。

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