典座ネットブログ <禅と精進料理>

「きちんと食べてますか」 食乱れる現代、禅寺の住職が精進料理レシピを通じて仏の教えを説き、あなたの疲れた心と体を癒します。

2008年07月03日(木)

「旬の食材」っていうけれど [典座への道(精進料理基礎指南)]

 精進料理の本やネット上の記事、サイトなどを見ますと、そのほとんどに「精進料理は食材の旬を大切にし・・・」と書いてあります。当然ながら私も当典座ネットや著書でそう書いています。

 では、「旬」ってなんでしょうか。当たり前すぎてあまり考えたこともないかもしれません。『大字泉』という辞書には、「魚介類や蔬菜(そさい)・果物などの、最も味のよい出盛りの時期」と書いてあります。まあ、ほとんどの方が意味は知っていることでしょう。旬の食材は栄養も豊富で、価格も安くなり、季節感も味わえるため和食や精進料理で旬をとても大切にするというも事実です。

 ところが、旬の意味は知っていても、どの野菜がいつが旬なのか、ということについてはあまり知らない人が多いようです。もちろん農業を営んでいたり、家庭菜園でもしている方はよくご存じでしょうが、今の日本では、実際に野菜を育てている人の割合はとても低く、ほとんどの方は生産の現場を知らずにお店で野菜を買っている方が多いのです。その上、自炊をしない方も非常に多く、自分で調理をしない人は野菜の旬になど興味がないのも無理はないでしょう。

 となるとですね、じゃあどの野菜はいつが旬なのかを勉強しましょう、という流れになるのですが、これがとてもくせ者なのです。最近は野菜の旬がいつなのかが書かれた本が売られていますし、ネット上でもそんな感じの表や記事を良く目にします。ところがこれがあまりあてにならないのです。というよりも、いつが旬なのか表にすることはとても難しいのです。


 たとえば、「苺」の旬はいつだと思いますか?
私は子供の頃、冬だと思っていました。なぜなら、冬になると八百屋さんやスーパーでイチゴのパックが売られ、母がそれを買ってきたからです。(余談ですが、子供なのでイチゴの持ち味である酸味の良さがわからず、砂糖をかけて食べたり、スプーンでイチゴをつぶして蜂蜜と牛乳を混ぜてたべるいわゆるイチゴミルクが好きでした。)
 大人になって本当のイチゴの旬を知って驚きました。なんと春〜初夏が旬なのです。うちの地域などは寒冷地なので春が遅く、つい最近までうちの畑ででイチゴがまさに旬でした。もちろん、イチゴの本当の旬を知っている人も多いでしょうが、かつての私のように、未だに冬が旬だと思っている方も多いのではないでしょうか?

イチゴ畑

 ↑ つい先週まで当寺の畑ではイチゴが収穫されていました。
   鳥に食べられないようにネットがかぶせてあります。

イチゴ畑
 
 これには色々な事情があるようですが、一つの理由としては、年末にクリスマスケーキが大量に売られるため、それに合わせてイチゴを冬に出荷する需要が発生し、生産者がそれに応えるためビニールハウスなどの設備を充実させ、また品種改良が重ねられた結果、冬にもイチゴがたくさん作られるようになったといわれています。
 または、日本が冬ということは南半球の国は夏になる地域もあるわけで、そうした外国からわざわざ輸入して売っているということもあるようです。

 また、たとえば大根の旬は一般的には冬といわれています。しかし、うちの地域ではこれから夏〜秋にかけてが大根の最盛期です。当地では冬には雪がふって畑が埋まってしまうので大根を作ることはできません。大根の価格を考えると、ビニールハウスを建ててまで作っても採算があわないので、当地における大根の旬は雪が降るまでなのです。冬に出回る大根は、関東で言えば千葉県など冬でも雪が少ない、暖かい地域が主のはずです。もちろん、冬を迎えて寒さが厳しくなった時の大根は甘みが増しておいしいので冬が旬と言って間違いはないのでしょうけど、現実問題として、当地ではまさに今の時期、大根生産者は毎朝早くから山のようにたくさんの大根を収穫し、昼間一生懸命洗って、大型トラックで出荷しています。味はというと、とてもおいしいですよ。
 つまり大根のように一年中需要がある野菜は、品種改良や生産者の努力、また一年を通して全国各地で時期をずらして作られるため、もはやいつが旬なのかを決めるのは難しくなっているのです。
 大根畑
 ↑ ちょっとわかりにくいですが、当寺近くの一面の大根畑です。
   葉っぱがビッシリと並んでいます。夏ですが味はとても良いです。


 他にも例を挙げればきりがありませんが、とりあえずイチゴと大根の例だけでも、旬を定義する難しさがわかっていただけたことでしょう。
 その辺の野菜生産事情をよく理解しないと、食材の旬を真に見極めることはできません。一番確実なのは、自分が住んでいる地域で現在収穫されている野菜、これはまず間違いなく旬です。従って、最近よく言われている「地産地消」が大切になります。
 ところが、じゃあ都会の人はどうすればいいのかという問題が残ります。周囲に畑がなければ、今何が最盛期で収穫されているかなんてわかりません。また農村地域でも、ちょっと峠を越えて隣の地区に行けばもう気候や温度の差で収穫時期は違うし、またその地域だけで必要な野菜を全て生産しているわけでもないので、なかなか本当の旬を見極めてそれを料理に用いることは現実には難しいのです。


 さらに言えば、キノコの旬は秋といわれます。しかしこれは山の中で野生のキノコや露地栽培のキノコが生える時期は確かに秋ですけど、いまや地のキノコは貴重品で、実際に多くの方が口にしているキノコは工場で栽培されたもので、一年中安定して生産されます。こんど市販のしめじの根っこをみて下さい。おそらく、丸い容器の形になっている物が多いと思います。エノキダケやマイタケなども同様です。
 (工場での生産品が悪いなどとは言っておりませんので誤解無く。)

 以前ある精進料理教室で、春キャベツの胡麻和合を教えた時のことです。キャベツの胡麻和合には、薄揚と、しめじやえのきなどのキノコ類と加えると味と食感が良くなるので、その時はだしがらの乾椎茸を細切りにし、煮て下味をつけて加えたのですが、ある受講者が「あら、春の料理なのにキノコを加えるの?旬じゃないわね」とおっしゃいました。
 
露地栽培の椎茸
 ↑ほだ木で露地栽培された生椎茸。確かに秋に生えますが・・・。


 難しい問題ですねえ。もちろん、風流とかワビサビの微妙な意識からいえば、春キャベツの胡麻和合にキノコが入っていたらどうも秋っぽくてちぐはぐ、雰囲気台無しだ、と感じる方もいるでしょう。しかし、そのキノコがもはや一年中工場生産で販売されている以上、一年中旬だと考えても良い場合があると思います。ましてや、だしがらの乾椎茸は乾物ですので、旬は関係ないようにも思います。
 春キャベツと薄揚だけだと、どうもコクが足りないというか、味が今ひとつなのです。やはりしめじかえのきが入った方がおいしい。そこで風情をとるか味をとるか。難しいですねえ。
 もちろん、日本人の意識には、キノコ=秋の味覚という感覚がしみこんでいますので、春にキノコはおかしいなあ、と思うのは普通の感覚です。そういう感覚を大切にするなら、多少味が落ちても、春キャベツの料理にはキノコを加えない方が良いのでしょう。
 これが雑誌やテレビなどで「旬の精進料理特集」なんていう企画だったら、間違いなくキノコ類の使用は却下です。しかし、ご家庭での普段の料理では、そこまでこだわっても仕方ないような気もします。どうでしょうか。

 以上お話したように、ひとくちに「旬」といっても、現在の生産現場ではいつが旬なのかを単純に決めるのは難しいということ、そしてまた食べる人の意識も関係してくるということです。まあ結局は臨機応変ということになるのですが、「旬の食材」を自由に使いこなすというのは、そんなに簡単なことではないということです。ましてや旬を一覧表にして暗記するなんて愚かの極み、やはり常に自分自身のアンテナを立てて情報を分析し、本当の旬を見極めないといけないと思います。精進あるのみ、です。

Posted by 典座和尚(管理者) at 23時13分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2008年06月19日(木)

キュウリとセロリの梅肉あえで食欲増進 [季節の精進料理]

 はやいもので、もうすぐ今年も半分が終わろうとしています。
ついこの間お正月を迎えたと思っていたのに・・・。今年は前半特に忙しかったため、時間が過ぎるのも例年以上に早く感じたのかもしれません。
 
 気がついてみれば沖縄では例年より早く、もう梅雨明けしたようです。まもなく暑い夏本番がやってきます。そろそろ当寺でもお盆の塔婆を書き始めなくては。
 7月8月はご存じの通りお寺がとても忙しい時期で、8月前半などはすでに予定表がビッシリで、一日も空いた日がないくらいです。まあ、お盆なのにヒマだったらそれはそれで困りますけど。

 照りつける日射しの中毎日境内の雑草と闘いつつ、法衣を着て読経に行ってくると、もう汗びっしょりのくたくたで食欲が落ち、水っぽい物ばかり好むようになりがちです。これは私だけでなく、みなさんも同じことでしょう。
 しかしそこできちんとした食事を摂らないと、すぐに夏バテになってしまいます。
食欲が落ちる暑い夏こそ、きちんとした食事を摂りたいものです。

 そこで本日ご紹介するのは、簡単に作れてしかも食欲が増す料理、
「キュウリとセロリの梅肉あえ」です。

 メインディッシュというよりも、なにか主となる料理を支える付け合わせ的な役割が向いていると思います。
 キュウリとセロリは生のままで加熱しませんから、調理時間もあまりかかりません。その上多めに作って冷蔵庫に入れておけば数日持ちますので、毎回のおかずにプラス1品加えることができます。

 梅の酸味と、セロリ独特の香りが食欲を刺激します。梅肉あんを多めに作っておき、揚げ物や他の料理に流用してもよいでしょう。また、梅肉あんを白いご飯やお茶漬けにのせて食べても最高です。

 なお、市販の梅干の場合は塩分の濃い梅干の方が長く保存でき、しかも比較的安価なため多く店頭に出回っていますが、何粒も食べると塩分過剰になってしまいます。夏は汗を多くかくため、ある程度の塩けは必要なのですが、他の料理でも塩を使うでしょうから、できれば梅干は多少割高でも塩分控えめのものを選ぶとよいでしょう。うす塩タイプをおすすめします。

精進料理 セロリとキュウリの梅肉あえ


○分量5人分

1 あまりしょっぱくない梅干5粒の種を取り除き、まな板の上に並べ、
  とろとろの状態になるまで包丁で何度も叩き、すり鉢に移す。
2 キュウリ、セロリそれぞれ1本を良く洗い、小さめの乱切り
  (または短冊切り)にする。ボールに入れて塩少々をふり、軽く混ぜて
  5分ほど塩をなじませ、しんなりさせる。
3 小鍋に酒30ml、みりん15ml、薄口しょうゆ2.5mlを入れて一煮立ちさせ、
  アルコール分をとばしたら熱いまま1のすり鉢に少しづつ加える。
  すりこぎ棒で混ぜながら様子を見て、適度なトロトロ具合になるように
  量を調節する。
  ※梅干の塩けや味によって、量を調節します。甘みのある梅干の場合は、
   みりんをやめてその分水または昆布ダシにして下さい。
4 2のキュウリとセロリを軽く洗って塩けをおとし、水気を良く切って
  3の梅肉あんであえる。
  作り置きする場合は、食べる分だけあえて、残りは冷蔵庫で保存し、
  食べるときにあえると水が出ない。
  ※具はキュウリとセロリ以外にも色々工夫してみてください。

Posted by 典座和尚(管理者) at 23時01分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2008年06月18日(水)

文化講演会を聴いてきました [典座和尚のひとりごと]

 6月15日、東京世田谷区にある駒澤大学の百周年記念講堂で、永平寺主催の文化講演会が開かれました。これは永平寺の3代住職、徹通義介禅師の700回御遠忌にあたって企画された「禅に学ぶ食育 いただきます ごちそうさま」という題の講演会です。

 4月の記事にも少々書きましたが、永平寺の3代住職、徹通義介禅師は、かつて道元禅師のもとで修行をしていた折、禅師様から直々に典座の役を拝命し、毎日その教えを忠実に実践したことで有名です。そのご縁もあって、今回永平寺では「禅と食育」をテーマにした布教に力を入れているのです。

 この講演会は全国主要都市で開催され、永平寺の地元福井県を皮切りに、2回目の北海道に続く3度目の開催が今回の東京会場でした。
 おもに3部構成で、前半が服部幸應氏の基調講演、間に「永平寺からのメッセージ〜三心に学ぶ」と題されたビデオ上映、そして後半が服部幸應氏、作曲家の千住明氏、NHKディレクターの若山慧子氏の3名による「作ることの楽しさ 食べることの大切さ」と題した鼎談です。

文化講演会 食育

 かなり前からチケットを申し込み、楽しみにしていた講演会でした。
当日は開場一時間前に着きましたが、すでに10人ほどが並んでおり、ちょっと早かったかな、と思いましたがすぐに行列は長蛇の列となり、結果的には早めに並んで良かったです。会場はほぼ満席の大盛況。
 非常にためになり、また考えさせられる内容でした。
 
 その内容をあまり詳しく書くことはできませんが、一番心に残った服部氏のことばを一つだけ紹介します。
 「人間の脳は10代には基本ができあがるので、子供の頃の教育や習慣は一生ついて回る。そのため、食事習慣や作法などのほとんどが幼少期をどう過ごすかによって決まる。つまり食育は本来家庭教育の中で行われることが望ましい。しかし残念なことに現在の家庭環境は、食育を行うに十分とはいえない。ある調査では、親を尊敬しますか、というアンケートに、ハイと答えた子供は2割強だった。これは他国と比べて非常に低い結果である。尊敬されていない親が、子に対してどんな食育ができるというのか」
 
 ・・・まことに厳しいお言葉が胸に刺さりました。
この話を聞いたとき、今の子供が2割しか親を尊敬していないというデータが事実であるならば、食育の話は別として、その子供が壮年になる頃になってもその意識が変わらなかったとしたら、もはや現在のお寺はこのままでは成り立たないだろうなあ、とあらためて危機感を覚えました。
 尊敬していない親の葬儀や法事を熱心に行うでしょうか?これは今後研究していかなくてはならない大問題です。

 さて話を食育に戻すと、そのデータに従うかぎり、食育より先にまずは親自身の反省が必要なのかもしれません。しかし、食育というのは何も子供だけを対象にしたものではありません。親自身も、至らぬ点を反省しながら、子供とともに歩む姿勢で良いのだと思います。
 他人に何かを教えるとき、他人を指導すると同時に自分自身を教えることになるのです。
 また、私自身は、子供は完璧な親を求めているとは思っていません。それよりも、一生懸命な親を求めているのではないでしょうか。たとえださくても、抜けていても、自分のために一生懸命な親であれば、おのずと尊敬される結果につながると思うのです。
 ですから、まずは自分のため、そして家族のために食育を推進していく必要があると思います。

 とてもよい講演会だったのですが、あえて言うならば残念だった点がいくつかあります。第一部でマイクの設定がかなり悪く、よく聞き取れない箇所がいくつかありました。第3部も、冒頭は同じく悪かったのですが、すぐに調整してくれて、途中からはよく聞き取れるようになりました。
 特に私の隣の席に座っていた御年輩の方が、聞こえない、聞こえない、とずっとおっしゃっていました。
 今回の場合は、服部氏の話し方や声量に問題はなく、完全にマイクセッティングの問題だったと思います。調整後はよく聞こえましたから。
 話をするときには、皆さんに聞こえるような声量で話すことの大切さ、マイクを使う場合はその調整の大切さをあらためて肝に銘じました。

 また、この講演会自体はとても完成度が高い内容だったのですが、回りで聴いていた一般聴衆が話していた声によると、もう少しお寺の食事や食に関する教えを前面に出した内容を聴きたかった、という意見が耳に入ってきました。
 確かに、聴衆の反応が一番良かったのは第2部の永平寺ビデオ上映で、永平寺の台所や、食事作法、典座和尚の話などに反応する歓声などが大きくおこりました。
 もちろん、今回はあえてそうした内容を前面に出さず、誰にでもわかりやすい内容を中心とした講演だったのでこれはこれで良いのですが、やはり聞きにきた方々は、「仏教ならではの食育」に興味関心があるのだなあ、と再確認できました。
 手前味噌ですがどうぞそういう方は機会があれば当方の食育説法に是非お越し下さい。

文化講演会パンフレット

 さて、当日聴講者には永平寺から「坐禅ひとすじ」と題された文庫本が謹呈されました。これは700回御遠忌を記念して出版されたもので、道元禅師が永平寺を開いて以降、主に永平寺の3代住職、徹通義介禅師の御生涯が小説風に描かれています。
 難しい学術書ではなく、おはなし風に進むため、気軽に読むことができます。
 道元禅師さまの伝記は、多くの方が概要をご存じだと思いますが、3代住職の伝記を知る人はあまり多くないように思います。ぜひ、道元禅師の仏法がどのように伝わっていったのか、初期の永平寺を知るために最適なおすすめの1冊です。
 「坐禅ひとすじ」 角田泰隆老師著 角川ソフィア文庫

 

Posted by 典座和尚(管理者) at 23時01分   パーマリンク   トラックバック ( 1 )   コメント ( 0 )

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高梨尚之(たかなし・しょうし)
曹洞宗大本山永平寺にて修行を積み、精進料理の心と技を深く学ぶ。
平成13年より17年まで、大本山永平寺東京別院長谷寺にて副典座および典座(調理責任者)を務める。
現在、群馬県永福寺住職。
曹洞宗群馬県宗務所布教師。

主著
『永平寺の精進料理(学習研究社)』
『永平寺の心と精進料理(同社)』
新聞、雑誌、仏教誌等連載・記事多数。寺院をはじめ、各所での講演、法話活動に力を注ぐ。


☆当ブログ本体「典座ネット」もぜひご一読下さい。 


 

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