記事「良い塩の秘密」批判

当ブログにて繰り返し紹介している『大法輪』誌12月号、「心と体を調える 精進料理」と題する特集が組まれており、各方面の諸大徳による非常に興味深い記事が掲載されています。

まだ御覧になっていない方はお見逃しなく!

 さて、その特集記事の中で、「良い塩の秘密」と題されたコラムが掲載されています。

執筆者は臨済宗のM師。自ら描くユニークなイラストによって、禅の世界をわかりやすく表現することで知られています。多くの著書が刊行されており、当方も何冊か収蔵しております。

師自身も修行中に料理係を経験していたとのことで、禅寺の台所事情を紹介した著書もあります。

M師が書いた今号のコラムの要点をまとめるとおよそ以下の通りです。

・食塩とブランドものの塩の味には違いがない

・食材に直接振って使う場合には差を感じても、

吸物、煮物、漬物など水分にとけ込んでしまう料理の場合は大差がない

・その塩がすごくおいしいという広告や情報、表示による暗示効果で、

おいしいと錯覚するにすぎない

この記事に関して、当方は失礼ながら聊かの異論を唱えさせていただきたいと思います。

まず第一に、師が当コラムで述べている「違いがない」とする対象は何と何についてなのかをはっきりさせねばなりません。師は「いわゆる普通に店頭に並んでいる食塩」と「ブランドもの」という区分定義をしていますが、まずこの定義自体があいまいで読者に誤解を与えかねない表現であることを指摘する必要があります。

一般的に、調理人が塩を区分する場合、「精製塩」か「天然塩」かの違いで区別します。

この呼び方は、特に規定があるわけではないので人やメーカーによってさまざまですが、要するに「自然の成分が含まれているかいないか」の違いです。

我々がもっともよく目にするいわゆる「ふつうの塩」は、海水に電流を流し、イオン分解によって濃い塩水を作り、煮詰めたあとさらに食塩水で洗って脱水乾燥させた塩で、不純物がほぼ取り除かれ、塩化ナトリウム純度約99%となっています。大量に作ることができるため安価で入手しやすく、お米屋さんや酒屋さんなどで茶色い紙袋に入って売られているアレです。(注:今ではスーパーなどでも売っています)一般的に「精製塩」とか「食塩」という場合が多いです。師のいう「ふつうに店頭に並んでいる食塩」というのはこれを指すと思われます。

そしてもう一つの種類の「天然塩」ですが、海水を天日で干したり、煮詰めたりして抽出、あるいは古代の海などが干上がってできた岩塩を利用したりするもので、カリウム、カルシウム、マグネシウム等の天然ミネラル類が含まれています。

後者の「天然塩」は、いわゆる「食塩」よりは価格的に高いのが通常なので、おそらくM師はそれを指して「ブランドものの塩」と呼んだのであろう、と好意的に推測して以下の話を進めます。

ちなみに、天然塩=ブランドもの という定義は強引すぎる決めつけではないでしょうか。

歴史的に見ると、約100年ほど前、塩は国家による専売制となりました。

(なぜそうなったかについては興味深い推論がありますのでまた後日ご紹介します)

その後、約30年前にイオン分解による「食塩」の精製法が開発され、専売の塩はほぼこの方式で作られた塩=天然成分を除外した塩、となりました。

(天然塩は専売ルートを通さない流通経路でわずかですが売られていました。)

平成9年に、自由化の影響と市場の要望により塩の専売制は廃止され、さまざまな天然塩が店頭にならぶこととなりました。その中には、師がいうように非常に高価な塩も見受けられますが、天然塩=ブランド物=高価、という図式は必ずしも正しくありません。

天然塩の中にも良心的な価格の商品はたくさんありますし、むしろ一般的なスーパーでは、高額な外国産の塩を探す方が難しいくらいでしょう。自由化というのはそういうもので、高くてたいして味の違いがないものももちろんあるでしょうし、逆に企業努力により安くて非常に味が良い塩、というのも玉石混交で店頭に並ぶわけです。
さて、ここでM師が言う「ふつうの食塩」と「ブランド物」の定義が「精製塩」と「天然塩」を指すと仮定したならば、「値段が高いブランド物の塩だという暗示からおいしいと錯覚しているだけで、その味に違いがない」と述べる師の意見には当方は断固反対せざるを得ないのです。

「食材に振った場合には味に差が出るが水分に溶かしたら大差ない」

そんなことはありません。実際、食塩と天然塩を比べたら全然違う味ですよ。

要するに、「直接なめればわかるけれど水に溶かせばわからなくなる」ということなのだと思いますが、それはただ単にM師の味覚の問題なのであって、なめて違のであれば水に溶かして薄めても違うのが当然なのです。

百歩譲って、「水に溶かせば人間の味覚では認知できないレベルに薄まる、したがって大差ないと言って良い」ということを言いたいのだろうと超好意的に解釈したとしても、味覚上わからない人がいたとしても体内に取り込まれる栄養成分が違う以上、同じとみなすことはできません。塩分は人間にとって欠かせませんが、同じように天然塩に含まれるミネラル類はカラダにとって非常に重要で、その意味からも天然塩を用いた方が良いのは自明の理です。

この差を感じられないのであればもはや何もいえません。少なくとも私にとっては食塩と天然塩は全然違いますし、微妙な味わいにこだわる精進料理にとっては天然塩は欠かせないと思っております。ちなみに多くの調理人も同様の意見を持っていると思われ、塩にこだわる記述は多くの書物などで確認できます。

精進料理の味を大きく左右する、塩、しょうゆ、酒、みりん。これについては「何を使っても同じだ」とはとても私にはいえないのです。

ただし、「この塩でなければ料理しない」とも決して言いません。なければあるものでベストを尽くすのが精進料理ですから。
もちろん、味というのは主観的なものですから、個人によっては味の違いがわからない人もいるでしょうし、体調によっても変わります。基本的には満腹の時や普段濃い味のものに慣れている場合には微妙な違いはわかりにくいもので、逆に空腹・のどが渇いている・薄味の料理が続いている場合には舌が敏感になります。

日本酒が嫌いな人にとって見れば、高い酒でも安酒でも味は同じに思えるかもしれません。また、希少価値やブランドネームで内容以上に高いものもあり、高額ゆえの満足度が味にプラスアルファしている例ももちろんあるでしょう。(しかし自分が酒の味がわからないからといって「酒なんてどの銘柄でも同じです」と書く人はいないでしょう)

M師自身が両者を比べて「大差ない」と判断したことに対して反論するつもりはありません。

それは師の意見、師の味覚として尊重されるべきものです。

しかし、「両者には大きな差がある」と感じる者も私を含めて事実存在するわけです。

一個人が「差がない」と感じただけで、天下の『大法輪』誌の「精進料理特集」で、「高い塩もふつうの塩も味は同じ。錯覚ですよ」と根拠なく断言してしまう姿勢に強く反論します。

精進料理特集ですから、料理に興味を持つ初心者も御覧になるでしょう。

その記事を見て「ああ、そうなのか、違いはないのか」と誤解したら非常に残念なことです。

それこそ書籍による影響力で差がないと「錯覚」してしまうことでしょう。

私的には、料理に興味を持つ方がこれだけ多くいる現代、天然塩と食塩の味の違いがわかる方は非常にたくさんおられると思いますが、いかがでしょうか。
もし私がコラムを担当していたら、こう書いたでしょう。

「無理に高い塩を買う必要はないけれど、安い食塩とちがって天然塩には含まれる成分の違いによってそれぞれの個性があります。皆さんが自分にとって「おいしい」と思える塩を探してみるのも楽しいかもしれませんね。意外に、安くて味が良い隠れた「名塩」に出会えるかもしれませんよ。

それを探すのも「精進」の一つでしょう。」

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コメント

  1. 小林肇 より:

     (*’)(*,,)(‘*)(,,*)ウンウン。典座和尚の意見に同じ。まあ、日本の場合は「専売法」という法律がありましたから…。でも塩化ナトリウム99%以上の「食塩」と「天然塩」はまったく違いますから(^^;;
    (天然塩にもいろいろありますけどね…)
     安全性を考えれば「食塩」が一番でしょう。イオン交換膜方式で主成分の塩化ナトリウムを純化させて取り出すから他のものは混ざらないし…。
    でも「味的」に考えれば天然塩が良いのは言うまでもなし。
     お吸い物を作っていただければわかると思いますが、天然塩系統の場合は塩湯(水だけでその塩を溶かすだけ)でも味があるのです。食塩だとこうはいきません。
     M老師には失礼ですが「塩は全部同じ」ではございません。それぞれの塩に長所も欠点もあるとわたしは思います。

  2. 生涯一雲水 より:

    拘ること毋れ。囚われること毋れ。偏ること毋れ。
    化学がお好きなら、化学の道を行かれよ。
    大道は無門。
    “塩”も“水”個性があるだろ。それを活かせば良かろう。だが、大事なのは“手塩”ではないかい。

  3. 「生涯一雲水」師のコメントは、私向けに書かれたものでしょうか?M師に向けたものでしたら理解できますが、どうやらそうではないようです。
     もう少し当ブログを良く読んでからコメントをお書きくださいませ。貴師が書かれたとおり、塩や水の個性を生かすため、そして手塩を大事にするために当ブログを運営しているのですが・・・。おわかりいただけないようで残念です。

  4. 俗人 より:

    はじめまして。
    いつも楽しく拝見させて頂いております。
    私がふだん料理に使っているのは、天塩をフライパンでから煎りしたものです。海産物には海の塩が合うと思うのですが、野菜など陸のものには岩塩の方が相性がいいのでしょうか?
    余談ですが、文春文庫の「やっぱり美味しいものが好き」(J・スタインガーテン著)には各国の天然塩を集めて、味をききわけられるかどうかの実験を行っている章があります。
    その中でダントツの一位は沖縄の海水塩だったそうです。
    興味があればご一読を。