この坐より攝心

 曹洞宗の道場では、12月1日~8日朝まで、1週間に渡って臘八大攝心会(ろうはつだいせっしんえ)を行います。

攝心とは、その期間中一切の他事を休して朝から晩まで一日中坐禅を続ける行持です。

その間は頭を剃ったり入浴したりもせず、用便や清掃などの最低限必要な用事以外は僧堂に籠もりきりで坐禅に打ち込むのです。

特にこの朧八攝心はお釈迦様が苦行の末に菩提樹のもとで1週間の坐禅を行じ、その結果12月8日の朝に悟りを開かれた故事に因んで行われるもので、年間に幾度か行われ攝心の中でも最も大規模で、重要なものとされています。

 曹洞宗の道場では、常日頃坐禅を重視していますが、朝から晩まで一日中坐り通し、それを1週間続ける攝心は別格です。足腰の痛みはもとより、日常を越えた独特の雰囲気が堂内を包みます。古参雲水でも音をあげるほどの厳しい坐禅修行を通じて、雲水たちはあらためておのれを見つめ直すのです。

攝心中は朝昼晩の勤行も、坐禅をしたまま禅堂内で行い、引き続き食事も同じく坐禅をしたままいただきます。攝心という尊い修行に対して、信心のお施主さまが食事を寄進することがあり、攝心期間中は典座寮もいつも以上に大忙しとなります。

一週間坐り続けると聞くと、なんだか動かずに坐っていれば良いんだからけっこうラクなのでは?と考える方もおられますが、それは大間違いで、ふだんなにかしら動いている人間が長時間にわたって坐り続けるというのは肉体的にも精神的にも非常に厳しいものがあります。攝心を全員で無事に最後まで続けることができるかどうか、典座寮が作る食事の内容も大きく影響するため責任は重大です。

今日の朝9時になると、永平寺や別院などの僧堂ではいよいよ朧八攝心が始まります。

一番はじめの坐禅が始まるとき、法要行持の進行を司る「維那(いの)」という役の指導僧が、重く緊張感に満ちた声で「この坐より攝心」と、攝心の始まりを宣言するのです。

どうぞ修行僧の皆様、尊い攝心を無事に、そして有意義に終えられますよう祈念申し上げます。

ちなみに一般の寺院では、1週間坐禅だけに専念するのは正直言って不可能です。電話はかかってくるし来客はあるし、掃除もしなくてはいけないし法事や葬儀もあります。係ごとにわかれている道場と違い、それを全部自分で行うのですから仕方ありません。しかし、本式の攝心を行うのは無理でも、せめて攝心のこころだけは忘れないようにと、今日から8日の朝まで、来客も電話もなく自由に時間が使える早朝と夜に1時間ずつの坐禅を行いたいと思っております。畳一畳の広ささえあれば、どこでもできるのが坐禅のよいところ。身は道場になくとも、心は道場にあると思ってひとり攝心を行じたいと思います。

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Posted by 管理主宰者・典座和尚