永平寺貫首 宮崎奕保禅師 ご逝去

1月5日の早暁、大本山永平寺の七十八世貫首、宮崎奕保(えきほ)禅師が遷化(せんげ)されました。ここに謹んで弔意を表します。

新聞等の発表では、満106歳となっていますが、宮崎禅師は生前数え年で年齢を公表しており、また誕生日を迎えなくても年がかわった時点で一つ年を加えておりましたので、今年のお正月で108歳と公称しておりました。

108歳で現役住職として永平寺の修行僧たちを指導され、また要請を受けて全国各地の寺を御巡錫(じゅんしゃく・めぐり歩くこと)され、非常に忙しい毎日を送っておりました。ご高齢の方は全国にたくさんおられるとは思いますが、実際に早朝から坐禅を組み、法要の導師をつとめ、説法なさっている、文字通り生涯現役の方はきわめて稀だったと思います。

宮崎禅師の偉大さは今更私が述べる必要はありませんが、やはり口先だけのうわべの仏法ではなく、自ら実践を重ねておられる有言実行のお姿が、全国の曹洞宗僧侶および檀信徒から尊敬を集め、まさしく生き仏として崇められた理由だと思います。

宮崎禅師は全国のお寺に招かれて法要の導師をつとめ、またご説法をなされております。そのうちのいくつかの法要に、縁あって私も同席したことがありますが、そうしたとき、お檀家さんに話を聞いてみると、「いやあー、難しい話は半分くらいしかわからないけどさあ、とにかく禅師さまのお姿を見ているだけで、自然と手を合わせて拝みたくなるなあー」とみなさんおっしゃいます。
言葉を超えてその空間を包み込む、大禅家の偉大なる法力がなせる技だと思います。

その証拠に、法要を終えて宮崎禅師が寺を後にするときには、ほとんど例外なく、居合わせた檀信徒たちが回りを取り囲んで別れを惜しみます。中には自然と涙を流す方も少なくありません。いわゆる、近寄りがたい「偉いお坊さん」ではなく、わずかな滞在であっても、皆の心を直接つかんでしまうお方でした。

宮崎禅師のご出発を見送る檀信徒

↑ 永平寺東京別院の御征忌法要にて、禅師様との別れを惜しむ檀信徒
中央のお帽子を召された方が宮崎禅師
檀信徒の笑顔が、宮崎禅師のお人柄を表していると思います

宗教を説く上で、もちろん言葉は大切なのですが、それ以上に、自ら積み上げた修行の力によって、言葉がなくても伝えられる境涯というのを宮崎禅師は常に示されていたのだと思います。

余談ですが、私のブログは文字が多くてくどい、とよくお叱りを受けるのですが、それはまさしく私の未熟さ、力不足が原因です。文字がなくても、作った精進料理を載せるだけで言いたいことが全て伝わるような境地が理想なのだと思います。そんな域までたどり着けるかどうかまったく先が見えませんが、少しでもその方向に向けて進んでいけるよう精進したいと思います。その精進が、宮崎禅師への報恩となると信じております。

宮崎禅師のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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Posted by 管理主宰者・典座和尚