夜食に古漬けのかくや茶づけ

さて、5回にわたりぬか漬けについてお話ししてきましたが、最後にもう一つだけ、ぬか漬けを語る上でどうしても欠かせない話題があります。

それは「かくや」と呼ばれる料理です。年配の方ならよくご存じだと思いますが、若い方はあまり聞いたことがないかもしれません。精進料理教室でかくやを紹介すると、多くの若い方が驚きます。こういう渋い伝統料理をきちんと後世に伝えていきたいと思っています。

「かくや」とは、古漬けを何種類か細かく刻んで混ぜ、その時々の味に応じてしょうゆ、みりん、おろししょうがなどで味つけしたものです。その刻み方自体をかくやという場合もあります。

名前の由来には諸説あって定かではありません。

一つは、江戸幕府を開いた徳川家康のおかかえ調理人、岩下覚弥(かくや)が考案したという説。
家康はたくあんが大好きだったといいますが、あるとき歯をいためた家康を気遣い、覚弥がたくあんの古漬けを細かく刻み、生姜醤油で味つけしてお出ししたところ、家康はその機転に感激し、「あっぱれじゃ、この料理を以後「かくや」と名付けるが良い」と褒めたといいます。
これは小山田与清(おやまだともきよ)という人が江戸時代末期の1818年から1845年までの約30年間にわたり、さまざまな書物に記載された記事を集めて考証・論評などを加えた『松屋筆記』という書物に「香物にさまざまの漬物集めて細かに刻み、酒醤油を加減してかけたるを世にカクヤといへり。こは神祖の御時、岩下覚弥といへる料理人が調じて奉れるを御感ありて、やがてその名を覚弥といふべきよし宣ひしに起れり」と記載されているのが出典です。

もう一つは、高野山延暦寺に昔「隔夜堂」という建物があり、その名の通り二人の僧侶が一晩おきに交替してそのお堂で法要を行ってたそうですが、その隔夜堂を守るのは老いた僧侶が担当することになっていたために歯が悪い方が多く、法要の後にお出しする漬け物を細かく刻んで出したのが元という説。
江戸後期の戯作者、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)が書いた『柳亭記』という随筆に「或老人の話に、高野山に隔夜堂といふあり、二人の僧、一夜おきに守るが故の名なり。此所を守るは老僧の役にて、多くは歯の薄きが故、隔夜料とて香の物を坊よりきざみておくる、きざみたる香の物をかくやといふはここにおこれり」と記されています。

さらにもう一つ、どんな野菜を使うか、また味つけをどうするかはその家ごとにさまざまなバリエーションがあり、まさに各家ごとに作るからカクヤ、という説。

どれが本当の語源かはわかりませんが、いずれにせよ昔から庶民に好まれていたことは確かです。

ぬかに漬けた野菜をついうっかり2~3日取り出し忘れたり、ぬかの奥の方に忘れ去られていた野菜を発見したときなどは、そのまま食べたのではしょっぱすぎておいしくありません。
そんな時、一口サイズに刻んで水に漬け、塩けを抜いて、カクヤにするのがお薦めです。
漬かりすぎて酸っぱくなったこのわびしい渋い味がもう最高なのです。こればかりは美味しいカクヤを食べた人でないとわかりません。私などは、これが食べたいがために、ぬかから出して食べたい気持ちを抑え、わざと長く漬けたりするほどです。
こういう、派手さはないけれども奥深い味こそが精進料理の真髄だと思います。

今回は大根、ナス、キュウリ、人参、ミョウガの古漬けを刻んで水に3分ほどさらし、薄い生姜醤油であえたかくやを用意しました。
人によっては、キュウリなどを輪切りや半月切りにする人もいますが、歯が悪くなければ、さいの目切りの方が濃い味が楽しめます。
水にさらす際は、酸っぱさなどの風味が完全に抜けてしまわないように時間を調整します。ご飯といっしょに食べる場合には、塩抜きしなくてもよいと思います。これはご飯が進みますよー。
好みで胡麻などをまぶすとまた違う味わいになります。

かくやのお茶漬け

そのまま暖かいご飯にかけても美味しいのですが、お茶漬けにするのもおつなものです。
いろいろなメディアから精進料理についての原稿を依頼されることが増えました。僧侶としての法務を優先させた上で、空いた時間を利用して原稿を執筆しますが、どうしても締め切りに間に合わないときは徹夜です。
原稿が書き上がる頃には、すっかりお腹もペコペコです。そんなとき夜食として食べるかくや茶漬けは言葉にならないほどのおいしさです。
みなさんも、遅い時間に仕事を終えて帰宅した際にどうでしょうか。

私の好みは、昆布ダシに酒と薄口醤油、あら塩少々を加えて一煮立ちさせただし汁をかけたお茶漬けですが、お好みで緑茶や番茶などをかけてもよいでしょう。
刻み海苔や一味唐辛子などもお好みで。
なお、この時期はミョウガを多めに入れると歯ごたえもいろどりも良くなります。

かくやの常備菜

食べる時に切るのが一番良いのですが、疲れたときにはじめから切るのはなかなか難しいこともあると思います。
古漬けは、味自体が濃いので、あらかじめ刻んでおいてもそれほど風味は落ちません。タッパなどに保存して常備菜にし、食べる分だけその都度塩抜きし、生姜醤油などであえるるととても便利です。

以前精進料理教室でとりあげたところ、若い方の半分くらいは、「なんだかオヤジっぽい・・・」とあまり良い反応を示しませんでした。反面、年配の方には大好評でした。
なかなか若い方にこの渋い味わいがわからないかも・・・苦労を積み、人生の深みを知るうちに、だんだんこの酸っぱい味の良さがわかってくるのかもしれません。

さて、明日からちょっと永平寺に行くために福井県に向かいます。2泊3日の行程です。なんと永平寺で典座教訓と精進料理を題材にした食育のお話しをすることになったのです。また後日御報告したいと思います。では行ってきます。

記事が気に入ったら是非SNSでアクションをお願いします☆