煮物の基本的な考え方
基礎シリーズなのにいきなりカボチャの煮物は難しいでしょ!
料理に慣れたベテランならそう思うでしょう。
その通りです。カボチャの煮物を上手に仕上げることができたらかなりの料理上手といえます。修行道場の台所でも、修行僧に任せる際にはよほどしっかり監督しないと失敗確率が高い献立です。
ではなぜ今回の基礎シリーズにカボチャの煮物を採りあげたのかを説明します。
煮物の調理では、
1 調味した煮汁が加熱によって素材に染みこむ
2 同時に素材から出た味も煮汁に混ざって再度染みこむ
3 加熱によって素材が柔らかくなり食べやすくなる
こうした作用が同時に進むわけですが、特に3の作用では素材によって限界が異なり、柔らかくなりすぎると素材自体がとろけてしまい固形物としての煮物が成立しなくなってしまう場合があります。
そのため加熱しすぎると煮崩れる素材では、1と2、つまり味付け作業をなるべく手早く行う必要があります。
初心者は味付けに手間取っているうちに素材に火が通ってしまって結果的に煮崩れる、という失敗がよくあります。
そのため、
前回の基礎シリーズ、令和元年七月盆のお供え膳では 大根、厚揚、いんげんという、まあまずよほどのことがなければ加熱しすぎて煮崩れることはない素材ばかりを集めました。これらの素材ならば、味付けに時間がかかっても煮崩れにより失敗することはありません。しかし、煮崩れない食材というのは比較的硬めの食感の食材が多く、失敗しない代わりに、それらばかりを組合わせた献立というのは印象として堅い仕上がりとなり、単調になってしまいます。
やはり理想的には固めの素材と、柔らかい食感の食材をうまく組合わせてこそ全体のバランスが調い、煮物としての仕上がりのグレードも上がるのです。
慣れるまでは、煮崩れない食材だけで凌ぐのも手ですが、いつまでも先送りしていては先に進むことができない基礎関門の一つとして今回カボチャの煮物を採りあげました。
そして難しいとはいっても、要するにポイントは加熱しすぎるから煮崩れるわけで、火加減と加熱時間さえ気を付ければ良いので実はそんなに難しくもありません。今回の課題は火加減と加熱時間です。その調整と、煮汁をたっぷり含ませた、とろけるような仕上げを身につけるためのステップアップ食材です。
僧侶として法事や葬儀などで精進料理の仕出し弁当を口にする機会がよくありますが、煮崩れを恐れるあまり早めに火を止め、堅くてボソボソした仕上がりになってしまっているカボチャの煮物をよく見かけます。葬儀や法事での仕出し弁当では煮崩れたものを出すわけにはいかないためどうしても安全策をとって早めに火を止める事情はわかります。
しかし、カボチャの煮物というのはこういうものだと誤解してしまっている方がおられたらとても残念です。
煮崩れるギリギリ、盛り付けるのに気を使うほど柔らかく仕上げたカボチャの煮物は、口の中でトロネバと甘みが広がる、とろけるような絶妙の食感です。
ご家庭では、見栄えを過度に気にする必要もありません。最悪の場合煮崩れてしまっても良いのです。恐れずにできるだけ攻めて加熱する面白さに是非挑戦してください。
カボチャの煮物の調理手順とレシピ
1 カボチャ1/2個(500g程度)の種をスプーンでこそげとります。
2 カボチャをひっくり返し、写真のような状態にして片手を包丁の峰に乗せて力をかけながら包丁で切ります。
カボチャは硬いため、切るのが苦手という方も少なくありませんが、きちんと手順を踏んで切れば特段難しくありません。ポイントはカボチャを安定させた状態で切ること、これにより力をしっかり乗せることができます。もし皮の方を下側にするなど、グラグラした状態で切ろうとすると力がかけにくい上に、カボチャが滑って包丁の刃が予期せぬ方向に向かい、非常に危険です。
十分注意して切るようにします。
もしこの態勢でも上手く切ることができない場合は包丁に問題があります。研げていない包丁で無理に料理するとこれもまた危険です。
2 続いてカボチャの大きさにもよりますが、更に斜めに包丁を入れて馬の蹄鉄のような形になるように切ります。これもまた安定させて切ればまず問題はありません。
このような状態にします。
3 更にUの先端を切り、半分の長さにします。
4 ヘタの突起を取り除きます。
5 これで個別の形は整いました。煮崩れないように面取りします。
面取りは煮崩れを防ぐためと見栄えをよくするために行います。カボチャの場合は、皮と身が剥がれて分離してしまうのを防ぐためでもあります。
面取りしなくても特に問題ない場合もあります。
カボチャの場合は硬い皮をなるべく減らしたいので、このように思い切って大きめに面取りしてしまいます。なお身の方はしてもしなくても仕上がりには大きく変わらないので今回は行いません。
6 皮をところどころ削ぎます。硬い皮の部分から少しでも火が通るようにするためです。全てむいてしまうのも一つの方法ですが、カボチャのイメージを残すためと、皮の食感を楽しんでもらうためにも今回は皮を残します。
皮が全部付いたままだと皮に火が通りにくく、皮にじゅうぶん火が通るまで長時間加熱すると身が煮崩れてしまうというジレンマが生じるため、ほどよく皮をそぎ落とすわけです。
こんな状態にします。
どんな感じに削ぐかはセンス次第です。
なお、面取りと削ぎで出た皮の残りは、無駄に捨てず細かく刻んでみそ汁などに入れて利用します。
これが精進料理の基本なのでおろそかにしてはなりません。
7 皮を下側に向けてカボチャを鍋にギッシリ並べます。
小さい鍋に無理に詰めて二段になってしまっては初学者の場合上手くいきません。たくさん作る場合は鍋を分けて下さい。
なお修行道場では一度に数百人分を煮るのですがその場合はまた別の技術があります。ご家庭で初学者が作る場合は鍋の大きさに注意します。
ここで特に大事なのは、カボチャを広げてあまり余白が出ないような大きさの鍋を使うことです。余白が多いとカボチャが踊ってしまうことと、不要な煮汁が必要になってしまうからです。また、薄手の鍋よりは厚手の鍋の方がふっくら仕上がります。
8 昨日用意した昆布と椎茸のダシを400~500ml、酒大さじ3、みりん大さじ2、砂糖大さじ1程度、ザラメ砂糖小さじ1~2を加えて強火にかけます。
ダシの量は、カボチャがちょうどひたるか、一部が浸かっていないくらいに調整します。ダシの入れすぎは不可です。また、ダシの増減によって酒や砂糖の量を変える必要はありません。
砂糖の量は、ある程度多めの方がふっくら柔らかく仕上がりやすいことと、長持ちする効果があります。カボチャの煮物は一切れ二切れを煮るということはなく、ある程度多めの量を一度に作る方がうまく仕上がるため、少し甘めに作って保存することが多いと思います。そのための砂糖の分量です。一度に大人数が食べきる場合や、甘みを抑えたい場合は、もう少し砂糖を減らして下さい。ザラメ砂糖を少し加えることでコクが出てうまみも増しますが、ない場合は無理に加えなくてもかまいません。
9 強火にかけて煮汁が沸騰したら、すぐに弱火に落とします。
最弱に近いくらいの本当の弱火です。写真で見て解る通り、火が見えるかどうかくらいの弱火にします。
コトコトより更に弱い、プクプクポコポコくらいに煮汁が動く程度の弱火です。少しずつ、煮汁が蒸発していくくらいの火加減です。この後、加熱燃料節約のためにフタをするので、見た感じ弱すぎてもフタをすると熱効率がよくなって自然に加減が強くなります。
ここで火加減が強いと、早く火が通ってしまい煮崩れやすくなることと、カボチャが踊って崩れやすくなります。強すぎた場合は、リカバリーの手段はありません。しかし、万一弱すぎたなら、もっと長く追加して煮続ければ良いだけです。一度、こんなに弱くて良いのかなと思うほど弱い火加減で煮てみる事です。
煮物の基本は弱火で長時間煮ること
煮汁は具材がやっとひたるくらいの少量で
具が動かないような鍋の大きさが大事
フタをしめ、空気が少し抜けるように割り箸のような細いものを挟みます。
透明で中が見えるフタがあると初心者でも万一煮汁が蒸発して空だきになり、焦げる心配がなくなります。心配な方はフタを無しにして、その分少しだけ火加減を強くしても良いでしょう。
10 煮る時間は火加減、IHかガスか、鍋の暑さや素材、カボチャの状態、台所の気温などによって変わるのでキッチリ示すことは難しいのですが、およそ20分~35分くらいです。
加熱時し始めて15分くらいして、写真のように煮汁が当初の半分ほどになったら、しょうゆ大さじ1を加えて一度鍋を軽く揺すり、しょうゆを全体に行き渡らせます。カボチャの上にかけず、煮汁の部分にそそぐようにします。
11 煮汁が鍋の下の方に少し残るくらい(皮のあたりだけ浸っているくらい)まで蒸発したら、みりんを小さじ2ほど加え、火を少しだけ強くしてポコポコさせ、1~2分したら火を止め、フタをして10分ほど蒸らします。
蒸らし始める前の状態は、下の写真のようにまだどこも崩れておらず形がしっかりしています。
もしここですでに煮崩れていたら火加減が強すぎたということになります。
逆に煮汁があまり減っていないようなら火加減が弱すぎたということになるので追加で加熱します。
蒸らし終わったら鍋を揺すって、煮汁がカボチャ全体にかかるようにします。
このふっくらした仕上がりを是非味わってみて下さい。
盛り付ける際も気を付けないと身に箸の跡がついてつぶれてしまうくらいの柔らかさが理想です。うつわでは形を保ち、口に入れたらとろける仕上げを目指します。
今回の手順を見て解る通り、仕上がりは火加減が全てです。
硬すぎる仕上がりは、見栄えはよくてもあまり美味しくありません。
もし煮崩れてしまっても、自分で食べる分には柔らかい方が美味しいと思います。上手くいくまでは慣れが必要です。何度も試みることが大事です。