〇餅がゆを食べる際の修行僧の裏技的伝承とは
日本人は古来、お餅には不思議な力が宿っていると考えてきました。一年かけて育てた大切なお米を搗いて凝縮し、丸く整えた鏡餅が神仏への尊いお供えものとされました。
鏡餅は神様へのお供えものだと考えている方が多いようですが、お寺でも仏様にお餅をお供えします。
特にお正月にはお寺の中にまつったすべての仏様に、きちんと漏れなく一仏ごとにお供えするのです。ですから年末には修行僧総出で餅つきの儀式を行い、大量のお餅を搗きます。この時もまた台所係はてんてこまいの忙しさです。
お供えしたお餅はお正月が終わると下げられて台所に集められます。それを細かく割っておかゆに加えた餅粥がしばらくの間出されます。
餅粥は修行僧にとってはとても嬉しいおかゆです。栄養価的にみると、お米の炭水化物+お餅の炭水化物でカロリーが上がってしまいますが、それでもお粥に使うお米の量は少ないため、餅の分を加えても普通のお茶碗に中盛りくらいのカロリーと糖質にすぎません。
薄めたおかゆよりも腹持ちがよく、冬季の激しい雪かき作業や大掃除でもエネルギー不足にならないからです。何よりも、仏様にお供えしたおさがりですから、単なる栄養価を超えたありがたいご利益が宿っています。
大勢の修行僧に餅がゆを出すには台所係も大変ですが、配膳する給仕係もまた苦労します。お餅がお玉や食器に張り付かないように気を付けてよそる気遣いも必要ですし、何よりもお餅がみんなに公平にいきわたるように注意しないといけないからです。私のうつわにはお餅が一つも入ってなかった・・・とならないようにするにはなかなか給仕係も苦労します。
そしてこの修行僧に人気の餅がゆは、お正月だけでなく、特別な法要の際に仏さまにお供えされるため、一年中出されます。ですから攝心でも餅粥が出ます。
お供えの紅白のお餅の中の、赤いお餅のかけらがよそられると、なんだかちょっと当たりのようで嬉しくなった想い出があります。
ただしこのお餅のお粥を食べる際にはちょっとしたコツがあるんです。修行僧が使う「応量器」は、食べ終わった後に、食物を少しも残さずきれいに食べるための手順があります。セツと呼ばれる、先端に布を取り付けた平たい棒で、お椀を一つ一つ拭きとるのです。漬物は箸で記例に食べるためほとんどカスは残りませんが、例えば胡麻の小さな粒などが器に残ります。それをセツの布でこするようにして集めて口にするのです。料理道具でいうゴムへらみたいな役割です。
何か食べる時に、メインの具や大好きな具を最後にとっておくタイプの方、いますよね。私もそのタイプです。
しかし餅粥の時だけは、お餅を最後まで取っておいてはいけません。お餅がうつわの底に残ると、お餅が張り付いてしまい、なかなかセツで拭き取れずに苦労するからです。その後白湯が少量配られる作法もあり、最終的には張り付いてしまったお餅をふやかして拭き集めることはできるのですが、なるべくそうならないようにお餅がまだ上の方にあるうちに、先に食べるのが修行僧ならではのコツです。
このコツは何か書物に書かれているわけではなく、修行僧の間で自然に伝承されている生活の裏技的なものです。なーんだそんなことか、と思うような些事ですが、そうした細かーいことにこだわるのもまた攝心の期間の修行なのです。
さらに攝心中に餅粥が出ると、お腹いっぱいになった修行僧が坐禅中に睡魔に襲われやすいので、指導役の老師方は修行僧の意気を鼓舞するような先人の逸話等を話すなどして坐禅の空気がたるまないように気を使います。
攝心四日目はいわゆる中日で折り返しです。
このくらいが一番足腰が痛くなり、しんどい頃なのです。この山場をなんとか乗り切ってもらうためにも、手間をかけたおかゆで台所から坐禅堂にエールを送ります。
ご家庭で作る際はお餅を加えるタイミングによって、お餅のふやけ具合が変わります。今回紹介するように、蒸らすタイミングで入れると、余熱でお餅が適度にトロッとなり、お餅の形をある程度残した仕上がりになります。加熱中15分くらいに入れれば、お餅がかなりドロドロっととろけて、よく煮たお雑煮のような感じにもできます。そのあたりはお好みで変えてみてください。
加えるお餅の量は、特に適量はなく、お好みで増減してかまいません。ほんの少しアクセントに入っていてもよいものですし、たくさん入っていれば腹持ちがよくなります。ただあまり入れすぎるとお餅どうしが張り付いて団子状になってしまうのでご注意ください。
なおお餅はのどに張り付く危険があるため、十分気を付けてください。
〇餅かゆのレシピと調理手順
初日に紹介した白かゆの手順とまったく同様に進めます。
1 お米60mlを研いで30分ほど水に浸けます。
2 お米を鍋に移し、水360ml~400mlを加えて強火で加熱します。
3 沸騰したらごく弱火に落とし、軽く一度だけお米を混ぜて張り付いたお米をさっとほぐし、ふたをして25分炊きます。
(ここまでは白かゆとまったく同じ手順です。)
4 お餅を一口サイズに切ります。
お寺ではお供えのお餅のおさがりを使いますので、はしが丸い部分が出ますが問題ありません。四角いのし餅や市販のパック餅の場合は縦に切り、それを厚みと同じくらいの幅で切ってサイコロ型にするとよいでしょう。細長い形を意図的に混ぜてもかまいません。
ただしのどに張り付く事故が起きる可能性を含むため、お年寄りや幼児が食べる場合はなるべく小さく切るとよいでしょう。
5 オーブンにアルミホイルを敷き、間隔をあけて切った餅を並べ、10分ほど加熱します。
アルミホイルを敷くのは、オーブンの網から落ちないようにするためと、焼いた後張り付くことを防ぐためです。オーブン付属のトレーを使う場合は、トレーに張り付いてしまうことがあります。アルミホイルをわざと一度もみつぶして、ぐしゃぐしゃにし、再度広げて、アルミホイルが凸凹に状態にして餅を乗せると、張り付きにくくなります。
加熱する時間はオーブンの性能と熱量によって変わります。5分あたりからよく見て、餅にほどよく焦げ目がついたら止めます。長く焼きすぎて膨れて破裂してはいけません。破裂する前に火を止めます。
6 25分炊いて火を止める直前に、鍋のふたを開け、一度だけ軽くおかゆをお玉でかき混ぜ、すぐに5の餅をばらけるようにして入れ、箸などで押しておかゆの中に埋めるようにして、再度ふたをします。
この時お餅を一か所に入れてしまうとお餅どうしが張り付いてしまいます。うまくばらけさせ、なおかつあまり時間をかけると温度が下がりおかゆの質が下がってしまうため、手早く行います。
7 お餅を入れたらすぐにフタをして、火を止め、5分間蒸らします。お餅が余熱でトロッとなったら出来上がりです。あまり混ぜないようにして盛り付けます。