「旬の食材」っていうけれど

精進料理の本やネット上の記事、サイトなどを見ますと、そのほとんどに「精進料理は食材の旬を大切にし・・・」と書いてあります。当然ながら私も当典座ネットや著書でそう書いています。

では、「旬」ってなんでしょうか。当たり前すぎてあまり考えたこともないかもしれません。『大字泉』という辞書には、「魚介類や蔬菜(そさい)・果物などの、最も味のよい出盛りの時期」と書いてあります。まあ、ほとんどの方が意味は知っていることでしょう。旬の食材は栄養も豊富で、価格も安くなり、季節感も味わえるため和食や精進料理で旬をとても大切にするというも事実です。

ところが、旬の意味は知っていても、どの野菜がいつが旬なのか、ということについてはあまり知らない人が多いようです。もちろん農業を営んでいたり、家庭菜園でもしている方はよくご存じでしょうが、今の日本では、実際に野菜を育てている人の割合はとても低く、ほとんどの方は生産の現場を知らずにお店で野菜を買っている方が多いのです。その上、自炊をしない方も非常に多く、自分で調理をしない人は野菜の旬になど興味がないのも無理はないでしょう。

となるとですね、じゃあどの野菜はいつが旬なのかを勉強しましょう、という流れになるのですが、これがとてもくせ者なのです。最近は野菜の旬がいつなのかが書かれた本が売られていますし、ネット上でもそんな感じの表や記事を良く目にします。ところがこれがあまりあてにならないのです。というよりも、いつが旬なのか表にすることはとても難しいのです。

たとえば、「苺」の旬はいつだと思いますか?
私は子供の頃、冬だと思っていました。なぜなら、冬になると八百屋さんやスーパーでイチゴのパックが売られ、母がそれを買ってきたからです。(余談ですが、子供なのでイチゴの持ち味である酸味の良さがわからず、砂糖をかけて食べたり、スプーンでイチゴをつぶして蜂蜜と牛乳を混ぜてたべるいわゆるイチゴミルクが好きでした。)
大人になって本当のイチゴの旬を知って驚きました。なんと春~初夏が旬なのです。うちの地域などは寒冷地なので春が遅く、つい最近までうちの畑ででイチゴがまさに旬でした。もちろん、イチゴの本当の旬を知っている人も多いでしょうが、かつての私のように、未だに冬が旬だと思っている方も多いのではないでしょうか?

イチゴ畑

↑ つい先週まで当寺の畑ではイチゴが収穫されていました。
鳥に食べられないようにネットがかぶせてあります。

イチゴ畑

これには色々な事情があるようですが、一つの理由としては、年末にクリスマスケーキが大量に売られるため、それに合わせてイチゴを冬に出荷する需要が発生し、生産者がそれに応えるためビニールハウスなどの設備を充実させ、また品種改良が重ねられた結果、冬にもイチゴがたくさん作られるようになったといわれています。
または、日本が冬ということは南半球の国は夏になる地域もあるわけで、そうした外国からわざわざ輸入して売っているということもあるようです。

また、たとえば大根の旬は一般的には冬といわれています。しかし、うちの地域ではこれから夏~秋にかけてが大根の最盛期です。当地では冬には雪がふって畑が埋まってしまうので大根を作ることはできません。大根の価格を考えると、ビニールハウスを建ててまで作っても採算があわないので、当地における大根の旬は雪が降るまでなのです。冬に出回る大根は、関東で言えば千葉県など冬でも雪が少ない、暖かい地域が主のはずです。もちろん、冬を迎えて寒さが厳しくなった時の大根は甘みが増しておいしいので冬が旬と言って間違いはないのでしょうけど、現実問題として、当地ではまさに今の時期、大根生産者は毎朝早くから山のようにたくさんの大根を収穫し、昼間一生懸命洗って、大型トラックで出荷しています。味はというと、とてもおいしいですよ。
つまり大根のように一年中需要がある野菜は、品種改良や生産者の努力、また一年を通して全国各地で時期をずらして作られるため、もはやいつが旬なのかを決めるのは難しくなっているのです。
大根畑
↑ ちょっとわかりにくいですが、当寺近くの一面の大根畑です。
葉っぱがビッシリと並んでいます。夏ですが味はとても良いです。

他にも例を挙げればきりがありませんが、とりあえずイチゴと大根の例だけでも、旬を定義する難しさがわかっていただけたことでしょう。
その辺の野菜生産事情をよく理解しないと、食材の旬を真に見極めることはできません。一番確実なのは、自分が住んでいる地域で現在収穫されている野菜、これはまず間違いなく旬です。従って、最近よく言われている「地産地消」が大切になります。
ところが、じゃあ都会の人はどうすればいいのかという問題が残ります。周囲に畑がなければ、今何が最盛期で収穫されているかなんてわかりません。また農村地域でも、ちょっと峠を越えて隣の地区に行けばもう気候や温度の差で収穫時期は違うし、またその地域だけで必要な野菜を全て生産しているわけでもないので、なかなか本当の旬を見極めてそれを料理に用いることは現実には難しいのです。

さらに言えば、キノコの旬は秋といわれます。しかしこれは山の中で野生のキノコや露地栽培のキノコが生える時期は確かに秋ですけど、いまや地のキノコは貴重品で、実際に多くの方が口にしているキノコは工場で栽培されたもので、一年中安定して生産されます。こんど市販のしめじの根っこをみて下さい。おそらく、丸い容器の形になっている物が多いと思います。エノキダケやマイタケなども同様です。
(工場での生産品が悪いなどとは言っておりませんので誤解無く。)

以前ある精進料理教室で、春キャベツの胡麻和合を教えた時のことです。キャベツの胡麻和合には、薄揚と、しめじやえのきなどのキノコ類と加えると味と食感が良くなるので、その時はだしがらの乾椎茸を細切りにし、煮て下味をつけて加えたのですが、ある受講者が「あら、春の料理なのにキノコを加えるの?旬じゃないわね」とおっしゃいました。

露地栽培の椎茸
↑ほだ木で露地栽培された生椎茸。確かに秋に生えますが・・・。

難しい問題ですねえ。もちろん、風流とかワビサビの微妙な意識からいえば、春キャベツの胡麻和合にキノコが入っていたらどうも秋っぽくてちぐはぐ、雰囲気台無しだ、と感じる方もいるでしょう。しかし、そのキノコがもはや一年中工場生産で販売されている以上、一年中旬だと考えても良い場合があると思います。ましてや、だしがらの乾椎茸は乾物ですので、旬は関係ないようにも思います。
春キャベツと薄揚だけだと、どうもコクが足りないというか、味が今ひとつなのです。やはりしめじかえのきが入った方がおいしい。そこで風情をとるか味をとるか。難しいですねえ。
もちろん、日本人の意識には、キノコ=秋の味覚という感覚がしみこんでいますので、春にキノコはおかしいなあ、と思うのは普通の感覚です。そういう感覚を大切にするなら、多少味が落ちても、春キャベツの料理にはキノコを加えない方が良いのでしょう。
これが雑誌やテレビなどで「旬の精進料理特集」なんていう企画だったら、間違いなくキノコ類の使用は却下です。しかし、ご家庭での普段の料理では、そこまでこだわっても仕方ないような気もします。どうでしょうか。

以上お話したように、ひとくちに「旬」といっても、現在の生産現場ではいつが旬なのかを単純に決めるのは難しいということ、そしてまた食べる人の意識も関係してくるということです。まあ結局は臨機応変ということになるのですが、「旬の食材」を自由に使いこなすというのは、そんなに簡単なことではないということです。ましてや旬を一覧表にして暗記するなんて愚かの極み、やはり常に自分自身のアンテナを立てて情報を分析し、本当の旬を見極めないといけないと思います。精進あるのみ、です。

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