授戒会の典座寮とは

お知らせしたとおり、隣県のとあるお寺で行われた大法要をお手伝いするために一週間留守にしておりました。
その法要は「授戒会(じゅかいえ)」と呼ばれる大行事です。

世間一般では、戒名といえば亡くなってお葬式をおこなう際に住職からいただくものだと思われていますが、厳密にいうとそれは曹洞宗の教えの本意ではありません。
できることならば私たちが生あるうちに戒を受けてお釈迦様の弟子となり、正しく迷いなき心豊かな生き方を送ることを説いております。やむなく生前に戒を受ける縁がなかった場合には、葬儀の中で導師が戒を授けるのです。

授戒会の法要

そもそも、「戒」といいますのは、誤解を恐れずにわかりやすくいえば私たちが正しい生き方をなし、お釈迦様の弟子としての行いを実践するための、道しるべであり、お釈迦様との約束です。

そして「授戒会」といいますのは、戒弟(かいてい・戒を受けようとする者)がお寺に一週間逗留し、定められた「加行(けぎょう)」と呼ばれる修行を積みながら、戒についてわかりやすく説いたお話しを聞き、仏弟子としての自覚に目覚め、最後の晩にお戒名と、仏弟子としての証である「血脈」とお戒名をいただくありがたい法要です。

さて、少々堅苦しい説明が続いてしまいましたが、授戒会では、戒を授けてくださる戒師さまとよばれる高僧をはじめとして、多くの和尚さま方が寺に集まり、多くの役割に分かれてつとめを果たします。
今回は和尚さま方と、戒弟をあわせておよそ160人~200人の規模でした。
となれば当然必要になってくるのが食事です。

食事を作るのもいただくのも大切な修行、という曹洞宗の教えにしたがい、ありがたい法要にふさわしい精進料理を作るのが今回の私のお手伝いの内容です。

授戒会の仮設調理場

いくら大きなお寺でも、毎食200人分の料理を作ることができる規模の台所は、なかなかありません。そのため、授戒会などの期間が長い大法要を行う場合は、台所設備を仮設で拡張する場合がほとんどです。今回は、台所の裏口に接した裏庭に、仮設の工事用プレハブが設営されました。

屋外の仮設調理場の場合、テントやタープなどで雨露を防ぐ場合が多いのですが、今回は大型台風が日本列島を直撃するという天気予報だったため、テントが吹き飛んでは困るので、頑丈な仮設プレハブ厨房が設営されました。
風雨だけでなく虫や異物なども防ぐことができ、衛生的です。
写真だと天井部が写っていませんが、大型ガスコンロに対応する換気装置もしっかりついていて、仮設とはいえ、安全基準や衛生基準をしっかり満たしています。
これらは、一部をのぞいてリースで設置してくださったようです。この他に、お寺の建物内部の台所も使用しました。
授戒会の2日目は台風の通過で大雨でしたが、このプレハブのおかげで支障なく調理することができました。

なお、大きな法要を計画する場合、一般的に住職がまず気にするのは本堂の設備や仏具、それから控え室や駐車場など、その他にも費用のことやらお招きする和尚さんの人選やら、式次第の組み合わせやら・・考えなくてはいけないことが山のようにあります。
そんな中ありがちなのが、台所のことまでは気が回らなかった、というケースです。
台所の設備までは、なかなか配慮しきれない場合も少なくないのですが、実は、いかに台所を充実させるかという点が、授戒会成功の大きなポイントになります。

料理を時間通りに用意することはもちろんのこと、食事後に出る大量の洗い物もさばかなくてはいけません。また人がたくさん集まれば、当然喫茶の用意も必要です。お茶を飲むための大量のお湯を沸かしたり、お茶菓子を用意したり、季節によっては冷たい氷で冷やした麦茶を用意したり。
他にも、法要にお供えする仏膳を用意したり、各所から出る大量のゴミを処理したり・・。

いくら本堂の準備に気を使っても、台所設備が狭くて不十分では、こうした大法要はうまくいきません。文句言わずになんとかしろといわれても、物理的にどうにもならないことが多いのです。

以前お手伝いしたとあるお寺では、お湯が出ない水だけの狭い洗い場が一つあり、そこで100人分の皿を洗わざるをえないケースがありました。手が冷たいとかの問題ではなく、水だとなかなかきれいに汚れが落ちないし、乾くのも遅く、水滴が皿に残ったりして、衛生的に問題があるんですよね。

他にも、ガスコンロが少ししかなく、煮物を作る鍋で埋まってしまい、控え室のお茶用のお湯を沸かすことができず、苦労したお寺もありました。
まあそう言う場合には、献立の数を減らしたり難易度を調整して対応するしかないのですが、やはりできることなら一汁三菜の料理をお出ししたいところです。

調理係をある程度経験したことがあるご住職ならば、その辺はきちんと気遣ってくださるのですが、中には台所のことは俺は知らん、という方もおられます。そんなときはお寺の奥様や若奥様がたよりです。今回の授戒会では、ご住職はもちろんのこと、奥様や若奥様も台所に関して充分すぎるほどの配慮をしてくださり、非常にありがたい環境で調理することができました。
すばやく屋外と往き来できるように、私は手伝いに行くときは自前の庭用サンダルを持参するのですが、なんとそのサンダルまでちゃんと人数分揃えて用意してくださったご配慮に脱帽です。
その分料理の味に専念することができます。

授戒会

上の写真は、しょうゆで味をつけたご飯に、別の鍋で煮たひじきと大豆を混ぜてひじきご飯をつくっているところです。こういう料理はなかなか少量ではおいしくできないのですが、これくらいたくさん作るとそれはもう最高の味です。

このように、大量調理の場合は、当然それに応じた献立を立てなくてはいけません。
2~3人分なら盛りつけてすぐに食べることができるおいしい料理でも、200人分ともなると盛りつけている間に冷めてしまいます。となれば、冷めても美味しい料理を選び、また冷めた状態で美味しく感じる味の濃さを調整しなくてはいけません。
他にも、盛りつけて時間が経つ間に汁気が出ない料理を選ぶとか、傷みやすい料理は避けるとか、大量調理のノウハウがないとうまくいきません。
もちろん、時間内に間に合うような献立にすることは言うまでもありません。

ナスの素揚げ

ナスの揚げ浸し

上の写真は、ナスの素揚げ浸しです。網目状の切れ目を入れ、油で揚げて、だし汁に浸して味を付けます。おいしそうでしょ?
160人分で一人2きれなので320本、これだけたくさんのナスを、切って揚げて盛りつけるには何分くらいかかるか、この勘どころがないと大量調理の献立を立てることはできません。経験がものをいう世界です。

授戒会

食事をいただくのも授戒会の大切な加行(けぎょう・修行)です。御導師さまとともにありがたくいただきます。やはり手作りの料理の嬉しいところは、「作るのも修行、いただくのも修行」という教えをそのまま実践できることです。
今回は御住職さまのご配慮により、食事の最中にわれわれ台所係が同席し、献立の説明や現場からのナマのひと言をお話しする場が設けられました。召し上がっていただく方からも、どんな人が作っているのかがよくわかるし、またこちらのまごころもより伝えやすく、素晴らしい試みだと思いました。

かつては授戒会といえば、台所係の和尚さんが手作りで料理を作るのが当然で、参加する戒弟のみなさまも、その料理が楽しみだったと良く聞きます。
しかし今の時代、諸事情から手作りの料理を出す授戒会は減って来ているのが現状です。
もちろん、台所設備が狭くて仮設拡張できない場合や、お手伝いの人数、あるいは日程の都合や予算等、さまざまな事情により仕出し弁当などを用意する例があるのはやむを得ません。

業者さんのお弁当は、どうしても経営の概念を捨て去ることはできませんから、精進料理といっても、一定の制限があるわけです。しかし、典座和尚が作る精進料理は、利益や採算という観点ではなく、仏さまの教えという観点から作られた料理です。
そのため、観光地などで食べる精進料理や、お葬式やお通夜で食べる仕出し精進料理とは、良い意味も悪い意味も含めて、はっきりいって別物です。
授戒会の料理を食べて、「いやー、今まで思っていた精進料理とだいぶ違いますね!」と驚くお檀家さんも少なくありません。
しかしなかなか一般の方には、典座和尚の手作り精進料理を食べる機会は少ないと思います。だからこそ、こうした授戒会のような非日常的な大法要にこそ、典座和尚の精進料理を戒弟の皆さんにお出ししたいではありませんか。

外注のお弁当にも良い面はたくさんあり、否定はいたしませんが、やはりせっかくの大授戒会ですから、和尚手作りのまごころこもった精進料理を前に、ありがたい曹洞宗の食の教えを堂々と説く機会を大切にしたいものです。

長くなりましたので、報告の続きは次回にします。

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