典座ネットブログ <禅と精進料理>

「きちんと食べてますか」 食乱れる現代、禅寺の住職が精進料理レシピを通じて仏の教えを説き、あなたの疲れた心と体を癒します。

                             
    

2010年01月26日(火)

    

料理写真とわたし〜その3 [典座和尚のひとりごと]

 永平寺での修行時代に撮影した料理写真は「どんな料理を作ったのか」という記録の意味で、私自身にとって非常に価値が高いものだ、と前回述べました。

 ある日、撮りためた料理写真をぼんやりと眺めていた私は、料理写真には記録的な目的の他に、もう一つの重要な意味があることに気づきました。
 それは、自分が作った料理を客観的に見ることができる、という点です。
 たとえば下の写真をみてください。



 わかりやすくするために特にひどい写真を選んでみました。
 これも永平寺での修行時代に撮った写真です。
 
 ある日のおかずを記録したものですが、その中で注目してほしいのはいちょう型に切ったレンコンと人参を甘辛く炒めて、彩りにグリーンピースを散らした「レンコンのキンピラ」です。



 これ・・どうみてもバランスが悪いですよね。
 レンコンが7割くらいで、人参が2割くらい、そしてグリーンピースがパラパラと散りばめてあるのが色的にも食感的にも望ましい割合だと思いますが、この写真ではどうも人参が多すぎますね。グリーンピースも固まっているし。
 そもそも、量が少なすぎる。お皿に対して少なすぎるというか、ぺっちゃんこに盛られていて美味しそうに思えない。もっとふわっとこんもり盛り上がるように盛らなくてはいけません。
 悪い盛りつけの見本のような写真ですね。おお恥ずかしい。

 この写真に関して言えば、配膳が終わった後にトレーの隅っこに張り付いて残ったキンピラを寄せ集めて撮ったためにこんな写真になってしまったわけで、これはこれで仕方ないのですが、要するに言いたいことは、料理写真を客観的に見ることで、自分の料理の至らぬ点や課題などが具体的に見えてくる、ということなのです。

 料理の現場では、純粋な味以外にも香りや温かさなどの要素が関係してくるために、多少見栄えが悪くてもおいしく感じられることはあるのですが、写真ではニオイなどの要素が取り除かれるために、より客観的に料理を外観の面から分析することができます。

 このレンコンのキンピラ、写真で見る限り焦げているわけでもないし、レンコンの切り方が厚すぎるわけでもありません。実際に食べる上では一定の水準をクリアーしているわけですが、さらにその上の段階として、次に作るときはレンコンを多めに切って、人参はあまり多く入れない方がいいな、それにもう少し全体的に量を多く作らないと万一の時の余裕がないな、と食材準備の時点からバランスなどを工夫することができるのです。
 言うまでもなく、初心者が作った料理だったら、写真で見て焦げているようなら「火加減を注意しなくちゃ」ってことになるし、分厚い人参とレンコンが写っていれば、切る段階から注意しなくてはいけない、ということになるわけです。
 
 実はこうした「記録を撮って客観的に分析する」という手法は、さまざまな分野で活用されています。前回書いたクラシックギターのたとえで言えば、自分で弾いているときには「俺って最高」と自己陶酔しながら?うっとりと弾いている曲でも、録音して自分で聞いてみると、「えー、なにこれ!こんなつもりじゃなかった!」ってことがよくあるのです。
 
 また私は和尚ですので、人前で法話など話をする機会が多いのですが、それらの録音を聞いてみると本当に恥ずかしくて穴があったら入りたくなるくらいです。自分の法話を録音して聞くのはこれ以上ないほどの苦痛なのですが、実はこれがものすごくタメになるのです。
 「あー、ここの部分展開が早すぎて聞く人に伝わらないな」「ここでもっと間をとってテンポを調整して話した方が良いはず」「ここはハキハキしていていいけど、こっちは声が聞き取れないな」などなど。最近はビデオで撮れば表情や身振り手振りの重要性も考えなくてはいけません。

 他にもたとえばプロゴルファーや野球選手が自分のスイングフォームをビデオでチェックしたり、歌手が自分の歌声を確認したり。
 ほんとうに毎回見るのも恥ずかしい、聞くのもつらいくらいの苦行なのですが、それを通過しないと自己満足に陥ってしまうから怖いのです。

 たとえば、話すスピードが速すぎて、聞く人にほとんど意味が伝わっていないのに「俺の話ってうまいんだ!」と勘違いしてしまったり。そう言う人が、他人の法話に対して「君はもっとゆっくり話した方が良いよ」なんてアドバイスしたり。
 自分で自分の未熟な点に気づくというのは、とても難しいものです。もちろん、師匠や仲間に指摘してもらうのが一番良いのですが、そう毎回他人を頼りにすることはできません。自分で自分を客観的に見るためには、録音や録画、あるいは写真などを残すのが有効だと思うのです。


 こうして、演奏や法話の録音も、料理写真も、自分の未熟な部分を分析して反省するために、非常に有効であると気づいた私にとって、修行時代に撮りためた写真は、料理の実力を養うためにとても役立ちました。今では、携帯電話で簡単に写真を撮ることができますから、ふだんのご家庭での料理でも、盛りつけた後に一枚パシャっと撮っておくと良いと思います。
 (レストランなどの公共の場では・・・あまり料理をパシャパシャ撮るのはお薦めしません。これについてはまたいずれ時期を見て書きたいと思います)



 永平寺で撮りためた料理写真のネガフィルムの一部です。


 同じ話題でずいぶん引っ張って申し訳ないのですが、実は料理写真の撮影にはさらにもう一段階上があるのです。次回もう少しだけお付き合い下さい。



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Posted by 典座和尚(管理者) at 23時26分  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

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高梨尚之(たかなし・しょうし)
曹洞宗大本山永平寺にて修行を積み、精進料理の心と技を深く学ぶ。
平成13年より17年まで、大本山永平寺東京別院長谷寺にて副典座および典座(調理責任者)を務める。
現在、群馬県永福寺住職。
曹洞宗群馬県宗務所布教師。

主著
『永平寺の精進料理(学習研究社)』
『永平寺の心と精進料理(同社)』
『典座和尚の精進料理(大泉書店)』
新聞、雑誌、仏教誌等連載・記事多数。講演、法話、料理教室等の活動に力を注ぐ。


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