典座ネットブログ <禅と精進料理>

「きちんと食べてますか」 食乱れる現代、禅寺の住職が精進料理レシピを通じて仏の教えを説き、あなたの疲れた心と体を癒します。

                             
    

2010年01月20日(水)

    

料理写真とわたし〜その2 [典座和尚のひとりごと]

 続きです。
 前回掲載した写真をご覧いただければわかるように、まあ技術的な面からみたらこれはもう目を覆いたくなるようなひどい出来映えです。
 
 では当時撮った料理写真はまるっきり無駄だったのかといえば、そんなことはありません。
 どんな料理を作ったのかという記録写真として、大きな価値があると思います。



 基本的に修行道場で精進料理を作る際には、典座老師(料理長)が献立を筆で半紙に墨書し、台所に掲示します。その献立に基づいて材料の手配やうつわの用意、そして調理が行われます。調理をしている現場では、典座老師が具体的に指示をしてくださいますし、不明な点は質問すれば良いのですが、問題はあとあとのことです。

 永平寺の厨房には過去に作られた料理の献立が綴じられて数冊残っていましたが、筆で書かれた献立の紙だけでは、「これはどうやって作るんだろう?」とさっぱりわからない料理がたくさんありました。たとえば「空也蒸し」なんて書いてあっても、それだけでは初心者には何のことだかよくわからないですよね?


 
 もちろん、わからなければ典座老師に聞けば、必要な材料やだいたいの手順を教えてくださいますが、実際には料理を補佐してできあがりを自分の目で見るまでどんな料理なのかまったく完成イメージがわかない料理も少なくありません。
 そんなとき、たとえば先輩が過去に作った料理の完成写真が残されていれば、作る前にだいたいのできあがりイメージがわかり、準備や作業の段取りも非常に良くなるのでは、と思ったのです。
 
 もちろん、日々永平寺で調理されるような基本的な精進料理であれば、完成写真などを見なくても、ふだんの食事の際に注意深く観察していれば、自分が作る役にあたってもそれほど困りません。むしろ、前回調理した先輩や仲間に作り方を聞いて、難しい点やポイントなどを教えていただきながら作ることに意味があるのです。
 そんなところまで写真やマニュアルなどを用意して能率を高めようと考えるのは、かえって修行から遠ざかってしまう危険があります。便利で楽になれば何でも良いというわけではなく、やはり口伝として伝えていくことも大切だと思います。

 ところが問題なのは、そう頻繁に作らない料理の場合です。
 たとえば永平寺では毎年9月の23日から29日まで、「御征忌(ごしょうき)」とよばれる大法要が行われます。この期間中は、台所もふだんと違い、この時しか作らない特別な料理もたくさんあるのです。永平寺の台所係に配属される修行僧は数ヶ月で人事異動のように配置換えとなるため、一年に一度の料理内容を仲間や先輩に聞くわけにはいきません。典座老師に質問するにしても、準備で忙しいときに一週間分の料理をことこまかに聞くことはできないのです。

 そんなとき、もし過去の調理完成写真が残っていたらどんなに便利でしょう。
もちろん、献立は毎年少しづつ変わりますし、同じ献立でも切り方や盛りつけなどが変わる少なくとも、「なるほど、こんな料理を作るのか」と参考になり、準備などの面で非常に有益になることは間違いありません。

 こうして修行中に撮影した料理写真は、アルバムにまとめ、献立と共に典座老師に提出いたしました。おそらく今でも永平寺の典座寮に保存してあると思います。



 また、永平寺での修行を終えた今の自分にとってもかけがえのない財産です。
はじめのうちは、記録写真本来の目的である、調理手順や味付けなどを確認するために使っていました。やがてそれらを体で覚えた現在では、ふだんは本棚の隅を暖めているだけですが、修行を終えて十年以上たった今、ときに基本に戻りたくなるときがしばしばあります。
 自分を見失ったときや迷いがおきたとき、あるいはやる気がなくなったときなど。そんなときは、修行中に典座老師の指導を受けながら調理した料理の写真を眺めながら、当時の熱意や典座老師の言葉などを想い出すのです。

 金銭的に苦しい修行時代に、フィルム代や現像代を無理してまで撮って本当によかったなあと今では思っています。
 正直なところ、修行道場でカメラを扱うには相応の「空気を読む」力が必要になります。やたらにカメラを持ち歩いたり、撮ったりして良いわけはありません。修行の緊張感を損なわないように充分配慮しなくてはならないのです。
 実際に、「今撮りたいな」と感じても「いや、今はまずい」と思い直す場面も多く、ポケットにカメラを隠しもち、様子を見ながら、周りにだれもいなくなった時を見計らってササッと撮るのも難しいものです。現役の修行僧の方や、これから修行に行く予定の方が見ていたとして、なんでもかんでも記録写真を撮ればよいと奨めているわけではありませんので誤解なきよう。
 あくまでも、当時の典座老師が責任を持った上で、特別な許可として修行道場での撮影を(条件付きで)許してくださったということをお忘れなく。
 あのとき無理を聞いてくださり、調理写真を撮ることを特別に許可してくださった典座老師と、暖かい目で見守ってくださった、上役を務めていた先輩である寮長さんにあらためて感謝したいと思います。


 《余談》
 なお、前回の記事を掲載した際にも何通か問い合わせのメールをいただきましたが、修行時代に撮影した写真は永平寺の典座寮にに提出したもので、私が持っているのはあくまでコピーです。永平寺に迷惑がかかるおそれがありますので、ブログ等で公開したり、個人的にお見せする予定はありません。御了承願います。ただしこの記録写真を元にしてあらたに調理したものであればいずれ公開することはあると思います。ご縁が熟するそのときまでお待ち下さい。(続く)



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Posted by 典座和尚(管理者) at 22時40分  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

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高梨尚之(たかなし・しょうし)
曹洞宗大本山永平寺にて修行を積み、精進料理の心と技を深く学ぶ。
平成13年より17年まで、大本山永平寺東京別院長谷寺にて副典座および典座(調理責任者)を務める。
現在、群馬県永福寺住職。
曹洞宗群馬県宗務所布教師。

主著
『永平寺の精進料理(学習研究社)』
『永平寺の心と精進料理(同社)』
『典座和尚の精進料理(大泉書店)』
新聞、雑誌、仏教誌等連載・記事多数。講演、法話、料理教室等の活動に力を注ぐ。


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