ある出版社のお話 その2

続きです。
さっそく出版社の担当者に電話で問い合わせてみました。

すると「ああ、それは高梨さんの法話原稿が特に直す部分がないほど良い内容だったからですよ。監修なさった老師方も誉めておられました。そこでですね、実はこちらから連絡しようと思っていたのですが今度別の法話集の企画があるのですが、是非また執筆をお願いしたいのです」実際の会話はもっと長かったのですが要約するとこんな感じの返事でした。とにかくかゆくなるほどべた褒めでした。

どうも腑に落ちない点もありましたが、私が担当した法話は、いわゆる初歩的なとても短いお経を題材として指定されていたので、よほど奇抜な切り口にしない限り誰が書いても似たようなものになることはわかっていました。そのため監修者による修正点もなかったのだろう、まあ監修者がそこまで誉めていたというのは編集者なりのいわゆる社交辞令だろうな、と納得しました。
そして次の法話集はかなり難しいテーマ設定で、監修者もさらに増やして充実させるとのことなので、少し迷いましたがやはり監修者による赤字修正原稿をいただけるならば自分の勉強になるだろうと考えてお引き受けしました。

原稿を提出し、その後校正を終えてから数ヶ月、編集部からは何の音沙汰もありません。
通常、単独著者の場合だと校正を終えておよそ1ヶ月程度、どんなに遅くても2ヶ月あれば発刊されるはずなのでずいぶん遅いなとは思っていましたが、共著の場合、原稿締め切りを守らない人がいれば当然ですが予定通りには進みませんから、誰か遅い人がいるのだろう、と考えていました。
高名な先生ほど、多忙で締め切りをなかなか守ってくれない、と聞いたことがあります。
余談ですが私は今まで百本近い原稿を納品しましたが、締め切りを破ったことは記憶にありません。基本的に締め切りに間に合う依頼しか引き受けませんので。

それでさらに数ヶ月経って、もう原稿を納品したことさえ忘れかけていた頃、布教師養成所で一緒に学んだ、ほぼ同年代の先輩僧侶から電話がありました。その方が僧侶としての位が上がる節目の儀式を行ったため、ささやかなお祝いを贈ったことへの返礼の電話でした。
その先輩も1冊目の法話集に寄稿していたことを思い出し、話題に出してみると、「ああ、あれはひどかった、私の原稿など不完全なままで発刊されていたからね」とかなりご立腹でした。
いわく、提出した原稿の3枚目がまるごと抜け落ちてレイアウトされていたため、校正時に指摘したのに、その指摘を無視?されてそのまま発刊されたとのこと。

私はパソコンで打ち込んでデータ納品したため、そうした欠落はありませんでしたがその先輩は手書き原稿だったようで、出版社側のなんらかのミスによりまるごと原稿1枚分すっぽ抜けて打ち込まれてしまったのです。そんなことがあり得るのか・・ちなみにその本は何百ページもある本で、他の執筆者の原稿はサラッと読み流しただけだったので気が付きませんでしたが、あらためてきちんと読んでみると確かにその先輩の法話は途中がスッパリ抜けたおかしな文章になっていました。
当然先輩は抗議の電話をしたそうですが、その対応があまりにも悪かったため絶句したそうです。何よりも本を買って読んでくれる人に申し訳ない、と非常に残念そうでした。
苦労して作った法話をそんな扱いにされ、さぞかし悔しかったことでしょう。

校正で著者から指摘された大きな誤りを直さないままで刊行されるなど・・今まで数々の出版社と仕事をしましたが、そこまでぶっ飛んだ経験はありません。
2冊目の法話集が心配になり、すぐに編集部に電話してみました。

(またつづく)

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