ワールドカップと布教

4年に一度のサッカーワールドカップ、ドイツの優勝で閉幕しました。

日本代表は残念ながら予選リーグで敗退したため、その後報道は急激に減ってしまいましたが、敗退時に専門家が書いた記事をネットで見ました。それはだいたいこんな内容でした。

「現代のサッカーは巨大ビジネスで、大金がついて回る。お金を動かすためには、サッカーの熱狂的ファンだけでなく、なるべく多くの一般人にも興味を持ってもらう必要がある。

そのために手っ取り早い方法は、スター選手を生み出すこと。選手の人間ドラマにスポットをあててカリスマ化を計り、単なるスポーツ選手を超えたまるでアイドルスターのように仕立て上げる手法だ。

こうした宣伝の方法がいきすぎてしまっていないだろうか。選手のカリスマ性を高めるためにオーバーな宣伝をしすぎた結果、国民は日本代表チームがまるでスーパーヒーローの集団であるかのように誤解していないか。それだけ凄い選手ばかりならワールドカップも優勝間違いなし!と多くの国民が勘違いしたのだ。
ところが現実はそれほど甘くない。もともと、FIFAランキングでいえば今回の予選はある意味順当な結果だ。しかし多くの国民は、あれ?どうして勝てないの、日本代表って凄いんじゃなかったの?おかしいな?と不思議に思っただろう。
こうした盛り上げ方には限界があることに皆が気づくべきだ。今後日本代表が世界のレベルに追いつくには、もっと冷静で現実を直視した応援の仕方と宣伝方法を模索していくべきだ」

その記事を保存していたわけではないので自分の記憶に基づいて書きましたがだいたいこのような主旨でしたが、とても共感できる記事でした。

たとえばプロ野球や高校野球のように国内だけで完結できる競技なら、こうした選手のカリスマ化やドラマ作りも有効でしょう。また野球は日本代表は世界トップレベルですから、盛り上げるだけ盛り上げてヒーローを作ってもそれで通せると思います。
しかし世界を舞台にしたサッカーはこの宣伝手法はちょっと通じないように私は感じました。決勝トーナメントの一流選手のゴールシーンを見ると、やはり世界のトップレベルはかなり高いように素人の私でも感じました。日本選手が劣っているというわけではないのですが、実力を遥かに超えたスーパーヒーローイメージ作りは通じないと思います。

さて、この記事がどう布教につながるのかという本題はここからです。
仏教でも、かつては似たような布教方法が採られていたことを思い出しました。

たとえば、
「山の中を行脚していた道元禅師を獰猛な虎が襲ったが、禅師の杖が龍と化して虎を追い払った」という逸話があります。
こういう一般的な科学常識ではあり得ないような話が布教上有効な時代がありました。

別に昔の人を悪く言うつもりはありませんが、たとえば江戸時代の地方農村には読み書きできる人はそれほどいなかったことでしょう。毎日生きていくのに精一杯で、お寺に集まるよりも畑で働く時間が優先される村人に対して、住職が道元禅師さまのお話をする時、小難しいことばかり話してもおそらく皆が興味を持ってくれないことは想像がつきます。そんな状況下で、道元禅師を神格化するための超人的なお話は村人の好奇心を刺激するためには非常に有効だっただろうと思うのです。
「ヒエー、そんなスゴい力を持った方がご本山の開祖さまなのかえ、ありがたやありたがや」と村のじいちゃんばあちゃんにも伝わったことでしょう。

今では、この虎を追い払った杖の逸話は後の時代に作られた創作ではないかという説が主流です。
あくまでも、曹洞宗の教えを理解してもらうためのきっかけを作る第一歩として、そうした作り話も時には必要だったことは良く理解できますし、かつての住職方が苦労の中で布教なさったことに敬意を表します。

しかし教育水準が非常に高くなった現代において、こうした非科学的な逸話はかえって「嘘くさく」否定される恐れがあります。「投げた杖が龍になった」というお話を聞いて喜ぶのは子供くらいで、冷静な大人が聞けば「それはさすがにないでしょう。宗教ってインチキ臭いですね」と逆に宗教に対して警戒心を抱かせてしまうことにもなりかねません。

仮にそれを素直に信じた人がいたとして、「じゃあ高梨住職も熊が出たら役場に連絡しないで杖を龍に変化させて追い払えばいいじゃない?」と言われたらどうしましょう。「いやいや私にはそんな力はありません」と答えたら、「え、道元禅師だけしかできないの?じゃあ俺には関係ない話じゃん。長く修行している和尚さんにもできないなら俺には無理だね、だったら曹洞宗を信じるより熊よけの鈴でも買う方が早いね」という流れになりますよね。
ときおり、「はい、私の杖も龍を出すことができます!」と返答する宗教家が実際にいますがそう答えてしまったらあとはごまかすしかありません。そのうち行き詰まって犯罪的行為で報道されるのがオチです。

むしろ現代では、そんな創作された奇譚的逸話を無理に全面に出さなくても、もっと歴史的事実としての道元禅師の功績や言葉を率直に、わかりやすく紹介した方が遥かに受け入れられます。わざわざそんな怪しげな話を出さなくても、皆に受け入れられる実際の偉業が山ほどたくさんあるのですから。
それだけ、道元禅師の業績の偉大さをそのまま理解できる教育的下地が現代人には充分あるのです。
ただし、こうした神格的逸話による布教がまったく無意味だ、というつもりはありません。時と場合によっては困った人、苦しんでいる人に対して救いになる場合も実際にあります。要するにその危険性、デメリットを充分理解した上で使い分ける必要がある時代だと言うことを忘れてはいけないと思います。
ほとんどの場合、そうした創作的・超人的・超能力的な偶像を前面に出した布教は受け入れられにくいということをわかった上で布教する必要があります。

スーパーヒーローのイメージを勝手に協会やメディアが作り出し、それを鵜呑みにした視聴者。
試合が終わってみれば、たいした根拠もなく「明日の試合は絶対日本が勝ちますよ!」と絶叫するコメンテーターの姿がむなしいだけです。

道元禅師の創作逸話が布教上有効だった大昔の時代はすでに過ぎ去り、今は通用しなくなったのと同様に、サッカーなどのスポーツ分野でも、こうした虚構の盛り上げ方は、いいかげん卒業するべきではないでしょうか。
サッカーがまだまだ認知されていなかった時代に、サッカーの楽しさやワクワク感をとりあえず知ってもらうためにスーパーヒーローを無理に作り出す必要があった時代はすでに終わったのです。

日本のサッカーが本当に世界に通じるレベルに成長するまで、その時だけ盛り上がって視聴率が上がればいいというようなその場しのぎのムードに飲み込まれることなく、私たち応援する側のレベルも上げていかないといけないような気がします。

選手の皆さん、お疲れ様でした。渾身を尽くした健闘に対し深く敬意を表します。

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Posted by 管理主宰者・典座和尚