ピーターの法則と修行の現場

NHKラジオ番組感想の続きです。人事異動を伴う大きな組織では、現場の人間は与えられた目の前の仕事をこなすことだけに集中することで全体を見渡すことができず視野が狭くなってしまいがちです。また統括する上司は、自分の専門以外の現場のことがよくわからず、また全体の流れを重視するあまり、結果的に各部署のコントロールがあいまいになってしまう危険性があるという話を書きました。

ラジオ番組の後半部分では、組織に於けるこうした事態は起こるべくして起きるとして、「ピーターの法則」と呼ばれていることが紹介されていました。南カリフォルニア大学教授の教育学者、ローレンス・J・ピーター博士が指摘した法則です。

”大きな組織には部署が作られ、能力が高い者や功績を残した者は出世して上役に昇進する。そのため、そのうち現場には出世できないほど能力が低い者だけが残ることになり、生産性が落ちていく。

しかも、現場で必要な能力と、管理職に必要な能力はまったく別物なので、出世した者の中で、その上の地位でも引き続き実績を上げる一部の者はさらに上の役職に出世し、そうではない者ばかりがその地位に留まることになるので、現場だけでなく管理職の生産性も落ちていくという悪循環に陥る・・”

簡潔に言えば、優秀な者が偉くなると現場には普通の人が残るので組織全体の効率が落ちますよ、ってのが「ピーターの法則」です。

何か問題が発生した時、釈明する上司が「現場の者がやったことなのでよくわからないのですが・・」と現場に責任を押しつける場面を時折見かけますが、これもまた管理者が現場から遠ざかったことで起こりうる弊害でしょう。

ラジオでは、あえて出世しないで現場に残ることがそれを防ぐ方法だ、と、現場にこだわり続けてノーベル賞を受賞した方の例を挙げて指摘していました。

私はそれを聞きながら、道元禅師が禅寺の料理係の心得を説き示した『典座教訓』にて、同様の指摘がなされているなあ、と思いました。

永平寺ほどの大組織となると部署の数も多く、その中の一部門である料理係も大所帯です。係の中で、仏さまのお供え膳を作る役、禅師さまの食事を担当する役、参拝者への食事を調える役、修行僧の食事を作る役、料理長の秘書役、賓客の料理を用意する役、倉庫の管理役、ご飯を炊く役、食事の量や献立内容を管理する役、などなど、それぞれの役どころにわかれて広い調理場で任務を行うわけですが、それを統括する料理長(典座老師)は、その全てに目を光らせ、決して任せっきりにしてはならない、と何度も厳しく『典座教訓』に書かれているのです。修行僧にさまざまな役職をふりわけても、その管理責任と統括はあくまでも典座がしっかり保持しなくてはなりません。

実際、優れた典座は、監督だけしているわけでなく、献立を立て、入荷した野菜を自分の目でチェックし、皮をむいて切り、鍋で煮て味付けを確認し、盛り付けまで目を離さず、時には給仕の現場にも立ち会います。さらに時に応じて自分で皿洗いや鍋磨きもしますし、ふきんが汚れていれば洗濯し、換気扇の油汚れを大掃除し、仏さまへのお供えの礼拝も欠かしません。かといって全部自分でこなしてしまっては修行僧が育ちませんから、これをうまい具合に修行僧に分担し、その上で任せっきりにせずにきっちり目を配るのです。

つまり、道元禅師は『典座教訓』の中で「現場主義」を説いているのです。しかもそれは何度も繰り返されて書かれ、道元禅師が「自分でやること」「人任せにしないこと」をどれだけ重視していたかがよくわかります。

有名な「他は是れ吾に非ず」(たはこれわれにあらず・他人がしたことは自分の修行にはならない)という言葉も同様の教えによるものだと思います。

もちろん、道元禅師は企業や組織の「効率」や「成果」を考慮して現場第一主義を説いたわけではありません。(むしろ修行道場では、効率面では真逆の場面がよくあります)あくまでも良き修行のために、管理的な立場になっても、いつまでも現場にこだわって自分自身で調理を行うことの大切さが説かれているのです。

実際、私が尊敬する典座老師は、高齢にもかかわらず、毎日調理場で自ら包丁を握っておられましたし、当時の永平寺の禅師さまは100歳を越ながらも毎日皆とともに坐禅や読経をなさっておられました。そうした姿から、現場にこだわる姿勢を直接学ぶことができたのは尊い経験でした。

さらにいえば、修行僧が何人もいるような、特殊な大寺院は別として、一地方のお寺の「住職」は、永平寺でいくつもの部署に分かれている仕事を、住職一人がぜんぶ担うことになります。掃除をし、来客にお茶を出し、電話受付をし、法要を行い、会計をし、食事の準備片付けをする。「住職」という立場は、よほどの例外的なお寺でなければ、どこまでいっても現場から離れることはありません。

それは、現場が嫌な人にしてみればつらいことでしょうが、逆に言うと現場が好きな人にしてみれば最高の役職だと思うのです。会社だと、経済的な理由もありますからいつまでも出世しないというわけにもいかないでしょうし、上司があまり細かい所まで現場に口出ししにくい人間関係もあるでしょう。

そしてまた、私自身は、自分で言うのも何ですが根本には「料理が好き」という土台があります。出世とか、立場とか言う前に、そもそも料理が好きなので、厨房掃除でもゴミ処理でも皿洗いでも、イヤだとか面倒だと思っていません。どんな肩書きの立場になっても、現場が好きなことが一番大事だと思いますね。

ラジオ番組を聴きながら、せっかく住職という、現場にこだわることが可能な、ある意味幸せな立場にいる(まあ同時に辛い面も多いですが)のだから、いつまでも現場での苦労を楽しみながら修行したい、そう感じました。

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Posted by 管理主宰者・典座和尚