第一回 典座の重要性

今回からはじめる『典座教訓』の拝読および解説です。精進料理を語る上で欠かせない名著ですから、ぜひご一緒に読み進めていただきたく存じます。
 なるべくわかりやすい解説を心がけて今すので、多少意訳が強引な部分もあるかもしれませんが、一般の方にも意味が通じることを優先しております。
 また、原文の漢文は省略します。読み下し文は、特に底本を示さず、自分で暗記している読み方を優先しています。ネットではふりがなを表記するのが難しいため、下部にまとめて全ひらがなで記載しますので、対応させてお読み下さい。
また、解説には多分に私見が入っておりますので御了承ください。
不明点、誤り等あればコメントかメールでご指摘下されば幸いです。

○読み下し文
 仏家に本より六知事有り。共に仏子為りて同に仏事を作す。
 就中、典座の一職は、是れ衆僧の弁食を掌る。
 『禅苑清規』に云う、「衆僧を供養す、故に典座有り」と。
 古え従り道心の師僧、発心の高士、充てられ来りし職なり。
 蓋し一色の弁道に猶る。
 若し道心無くば、徒らに辛苦を労して畢竟益無し。

○よみがな
 ぶっけにもとよりろくちじあり。ともにぶっしたりてともにぶつじをなす。
 なかんずく、てんぞのいっしきは、これしゅぞうのべんじきをつかさどる。
 ぜんねんしんぎにいう、しゅぞうをくようす、ゆえにてんぞありと。
 いにしえよりどうしんのしそう、ほっしんのこうし、あてられきたりししょくなり。
 けだしいっしきのべんどうによる。
 もしどうしんなくば、いたずらにしんくをろうしてひっきょうえきなし。

○意訳
禅の修行道場には、古来「六知事」と呼ばれる配役があります。どれも充実した仏道修行のためには欠かせない職責です。中でも典座は、雲水たちの「食」に関する修行を統括する役割を担当します。十二世紀初頭の宋で編集された『禅苑清規』という古い書物にも、「雲水たちに仏の作法で調えられた食を用意するため、典座の配役が必要である」と記されています。古来、特に決意が固く向上心にあふれる優秀な僧たちが任命されてきた尊い配役です。なぜならば、典座の役割は、迷いを捨て、おのれの全精力をかけて職務に専念しなければならないくらいの、生半可な覚悟ではつとまらないほど厳しいものだからです。
 もしそうした向上心や決意がないままに典座の職をつとめても、ただ無駄に苦労するだけで意味がないでしょう。

○解説
 「六知事(ろくちじ)」とは都寺(つうす・寺全体の総監)、監寺(かんす・事務の総監)、副寺(ふうす・会計責任者)、維那(いの・修行僧の現場指導責任者)、典座(てんぞ・調理責任者)、直歳(しっすい・伽藍の営繕清掃責任者)の六つで、会社でいえば部長にあたる指導責任者です。中国において多くの修行僧が入門し、仏教教団が成長するにつれて、寺院を運営するための組織が整えられました。引用されている『禅苑清規』の時代には、最低限必要な監院、維那、典座、直歳の四知事でしたが、寺務が複雑になるにつれて発達し、六知事に増えたといわれます。比較的理解しやすい冒頭部分ですが、大意としては典座という職がいかに大切であるかを説いている部分です。少々、大げさすぎるのではと思うほど典座の必要性とすばらしさを強調していますが、その背景には、それまで日本の道場では典座を尊ぶという認識がほとんどなかったことが挙げられます。
 今まで悪い言い方をすれば「飯炊き係」くらいに軽んじていた修行僧たちに向かって、実は調理は禅の修行において非常に大切なんだ、と全く別の価値を説くわけですから、これくらい誇大的に表現しなくてはいけなかったのだと推察します。その説明に権威と真実味をもたせるため、事実本場中国ではそうであるし、古い清規にも書かれていると補足したわけです。

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Posted by 管理主宰者・典座和尚