百一歳のおばあちゃんと還暦過ぎの孫

本日、お檀家さんの葬儀がありました。
故人は101歳のおばあさん。

通夜のあと席で、「明日の葬儀では、お孫さんの中でどなたかお別れの言葉を贈りませんか」と遺族にお薦めしました。
高齢者の葬儀となると、故人の友人はすでにみな他界しているため、故人と縁の深い方が参列するということはほとんどありません。故人本人というよりも、遺族に関係がある方々ばかりが参列することになります。もちろんそれはしかたないことなのですが、ともすると故人をしのぶ場であるはずの葬儀が、故人を差し置いて遺族だけの社会的関係で葬儀が進められてしまいがちです。
せっかく、百歳を越えるほどの御長寿で旅立つというのに、それでは寂しすぎるじゃありませんか。

私の提案に対し、ご遺族は「孫のお別れの言葉っていっても、ふつうは小中学生くらいの小さい子がやる場合が多いでしょう。うちはばあちゃんが百歳だから、孫ももう六十歳すぎですよ。六十歳の孫がお別れの言葉を式中に言うなんて、あまり聞いたことねえなあ、会葬者におかしな葬儀だなって思われないかい?」と否定的な意見が続きました。
しかし私は「そりゃまあこのあたりでは六十過ぎの孫がお別れの言葉を捧げるなんてあまり聞いたことないですけど、そもそも百歳まで生きるってことが珍しいんだから、少しくらい珍しくてもいいじゃないですか。もちろん無理にとはいいませんので、今日一晩よく考えてみてはどうでしょう」

ご遺族は通夜の後、ばあちゃんの想い出をあれこれ想い出しながら、「そうだなあ、やっぱり長生きのばあちゃんだからこうして振り返ってみると想い出もたくさんあるなあ。たくさん世話になったんだから、一つ感謝の意味でお別れの言葉を捧げてみるか」という意見で一致したようです。

式の中盤で、司会の方が「それではここで、故人のお孫さんを代表して○○さんからお別れの言葉が述べられます」とアナウンスしました。
マイクの前に立ったお孫さんは「還暦を越えた私がこんな場に立つのもおかしなもんですが、ばあちゃんにどうしてもお礼を言いたいことがあるのです。四十年前の話だけど・・・」
と昔の想い出を語り始めました。
原稿は持たず、自分の言葉で、とてもストレートに話され、聞く人にたいへんよく気持ちが伝わる素晴らしいスピーチでした。おそらく一晩じっくり考えたのでしょう。
それまで粛々と進められていた式でしたが、ばあちゃんの優しい人がらをよく表した懐かしい想い出話を聞いた途端に、遺族会葬者一同溢れる涙をこらえることができませんでした。

終わってすぐに喪主さんが「いやー、良い式ができて本当に良かった、和尚さんのいうとおりにして良かった良かった」と言ってくださいました。いや、お話なさったお孫さんが上手だったおかげですけどね。
皆が泣いたから良い式だと単純に判断するつもりはありません。しかし、やはり遺族にとって一番大切なのは故人の人生を振り返り、そのひとがらや大切な想い出を想い返すことにより、心から故人を偲び、感謝の念を捧げることだと思うのです。今回は、お別れの言葉がその良ききっかけになったのです。
「今まで聞いたことがないから」「そんなのやったことがない」と今までの慣例や先例を尊ぶことも大切ですが、その時々の状況に応じて、ときには臨機応変に崩すことも必要なことが再確認できました。

昨日の天気予報では、今日は一日中激しい雨になるということでみな雨具の用意をしていましたが、葬儀が終わるまで、幸いにも雨はまったく降りませんでした。きっと御長寿のばあちゃんに、最後に晴れのプレゼントが贈られたのかもしれません。

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Posted by 管理主宰者・典座和尚