メディアで仕事をするジレンマ

先日、「朝日新聞be やさい流」の撮影取材がありました。

「和尚さん、朝日新聞の精進料理見てますよ!ところで、あの料理は誰が作っているのですか?」とよく聞かれます。確かに、「精進料理研究家 高梨尚之」と私の名前はすみに載っているものの、「調理担当」とは書いていないため、実際私が何をしているのかは誌面だけではわかりませんね。
質問する方の多くは、私はアイデアというか料理法だけを提供していて、それを東京で別の誰かが調理して撮影しているのかな、と思っていることも少なくないようです。

ところが実際はそうではなく、わざわざ東京から編集部2名とプロフォトグラファーが群馬の山奥までやってきて、うちの精進料理研究所の台所で撮影取材を行っているのです。先日は雪だったので取材陣は来るのも大変だったようです。
献立考案とレシピ作成、そして実際の調理までが私の仕事で、写真を撮影するのはプロのベテランフォトグラファー、本文を書くのは編集部員さん、という形態で進行します。

ところで話は変わり、ここ2年ほど連載が続いている仏教誌『大法輪』の連載では、料理だけでなく、撮影も本文執筆も全て私が行っています。
大法輪誌については、雑誌の顔ともいえるカラーページの写真を、写真の専門家ではない私に任せてくれているというのは、冷静に考えればとんでもないことです。まさしく編集部の大英断だと思います。
何が言いたいかというと、同時期に進行形態が違う二つの連載を受け持つことができたのは私にとって大変ありがたいご縁だなあと思うわけです。
なぜなら、朝日新聞の取材で一流のプロカメラマンの撮影方法を間近でみることができ、それを大法輪での自分の撮影にフィードバックすることができるからです。朝日のフォトグラファーさんは大変親切な方で、質問すれば隠すことなく親切に教えてくださいます。もちろん聞いたからといってハイレベルな技術はなかなかすぐにまねることはできませんが、中にはすぐに応用できる点もあり、それを自分のノウハウとして吸収できることは大変よい勉強になっています。

今後もこの二つの連載を通じて精進料理の素晴らしさを広く伝えて行きたいと思っていますが、今回はこうしたメディア活動を通じて感じている二つのジレンマというかもどかしさを紹介したいと思います。

一つは、特に出版に関しては時期的なズレの問題がついて回るということです。
どういうことかといいますと、たとえば今回の朝日新聞については3月に掲載される予定ですが、実際の撮影は1月下旬です。なぜそんなに早く撮影するかというと、本文原稿を確認しあったり、レシピ原稿をなんども校正したり、栄養価を別の専門家が計算したりと、掲載までにやることがたくさんあるのです。で、さらに撮影日より前の12月ごろには、レシピ候補を考案しなくてはいけません。

つまり、今回で言えば、3月という掲載時期を考えて、その頃旬を迎える献立を考える必要があるのですが、それで何が困るかというと、3月といえばタケノコや山菜が出始めるころで、ぜひとも3月のレシピには旬の食材として加えたいところですが、撮影する1月にはまだタケノコや山菜などは一般には手に入りません。
それをどうやって入手するかが難しいのです。
まあそのあたりは企業秘密ですが、そうした入手ルートをどう確保するか、も精進料理研究家の腕のうちということになります。


届いた貴重なタケノコはすぐに切れ込みを入れ、ぬかと唐辛子でゆでてあく抜きをします。
このぬかの風味がまたタケノコによく合います。

今回も特別に取り寄せたタケノコやワラビ、こごみなどの山菜を使います。値段も旬の時期に比べてかなり高額です。時季外れですので、当然ながらまだタケノコなどは身が堅く、大きさも小さくて扱いが難しいです。
また今回はよもぎの葉を使いましたが、なんとわざわざ沖縄から取り寄せました。

わらびもまだ旬の時期とくらべると少々堅いため、しっかりあく抜きをします

他にも木の芽(山椒の若葉)、うちの裏山にも5月ごろになればよもぎ同様、たくさん生えてきて秋まで取り放題、もちろん無料なのですが、それでは間に合わないのでしかたありません。
しかし木の芽などは料亭などでもこの時期から需要があるので、ニーズがある以上は生産者も対応してくれるのでなんとかなるのですが、どうしてもその時期にならないと入手が困難な食材もあります。たとえば、春だから桜の花を料理に添えたり加えたいな、と思ってもそれはさすがにまだこの時期に入手は不可能です。となると、前年に冷凍保存するか、塩漬けなどを利用する献立を考えるしかありません。

取材撮影から発表までのタイムラグが大きな編集メディアで、旬の食材をいかにして早めの撮影時期に良い状態で入手するか、その辺が一つめのジレンマです。

考えて見るとこれはどんな業界でもプロにとっては当たり前のことで、真夏にはもうクリスマスの準備を進めていたり、真冬に扇風機やクーラーの製造をはじめるのだとか。
1月末には、ある仏壇屋さんのテレビCMで「お彼岸セール!」と放映していますし(お彼岸がいつなのか知らない人が見たら、今がお彼岸なのかと思ってしまうかも)、世の中は一般の感覚よりも早く進んでいて、陰ではいろいろな苦労があるということでしょうか。

そういう意味では、インターネットなら旬に入手できる食材をリアルタイムに活かして調理した情報がタイムラグなくすぐに発信できるため、やはり出版メディアと併用して発信して互いの欠点を補っていくことが解決法の一つなのだろうと思います。

二つめのジレンマは、公式メディアで仕事をする機会が増えてきたのは大変ありがたいことなのですが、逆にいうと個人での活動時間が減ってしまうという問題です。
文字通り時間がかかるのでそれ以外の活動が減るということもありますが、それよりもジレンマを感じるのは、たとえば出版社から依頼を受けて精進料理のレシピや教えを発表する場合、当たり前のことですが、その記事や写真は、その書籍や新聞を買った人にしか読んでもらえない、ということです。

中には、自分が書いた文章が掲載された雑誌編集部に許可を取り、その文章の全文を自分のホームページなどに転載して公開している人も実際いるようです。そのため、たまに典座ネットの閲覧者から、「朝日新聞や大法輪などで活躍しているようだが、私はそれらを購読していないので読むことができない。典座ネットでも掲載されたものを転載して公開してはどうか」という要望をメールでいただきます。

法律にはあまり詳しくありませんが、私が書いた文章や私が撮った写真であれば、著作権は私にあるので、それを典座ネットに転載するのも難しくないのかもしれません。(最近は直接の著作者だけでなく、それに関わった編集者や出版社も間接的な著作権を持つとみなされるようですが)

しかし、私個人のスタンスとしては、無償で協力する「取材」形式ならともかく、出版社から正式に依頼を受け、たとえ少額でも報酬をいただいて仕事をする以上、せっかく書いた文章や写真を、その書籍を買わなくてもタダで典座ネットで読めてしまうようにしてしまったら、おそらくその書籍の売り上げは減る可能性があるでしょう。(私の記事を目当てに購入する人は少ないでしょうからわずかかもしれませんが)
それは法律上可能かどうかと言う問題ではなく、私に依頼して下さる出版社や新聞社に対する信頼関係や誠意の問題だと思うのです。

編集部に頼めば転載許可は得られるかもしれませんし、宣伝の意味を兼ねて、興味を持ってもらうために一部だけを転載公表することはあるかもしれませんが、出版社としては、当然のことながらなるべくたくさん自社の発行物が売りたいわけですから、それに載る記事が、執筆者本人により無料で全文公開されてしまったら、わざわざコストを掛けて発行する意味が薄れてしまいます。

ですから、メディアに掲載された記事や写真については、ぜひその本や新聞を購入して実際に読んでください、とお薦めするしかなく、今後も典座ネットで転載公開する予定は今のところありません。もちろん、支払ってくださる代金以上に価値のある質の高い記事を提供できるよう、これからも精進を続けていきたいと思います。

ということで二つめのジレンマは、メディアでの仕事が増えると、典座ネットで公開できる(無料の)記事が時間的に減ってしまうという点です。

まあこの二つのもどかしさは、当事者である私個人が勝手に感じている点で、皆さんには直接関係ないことばかりです。しかしこうした陰の苦労を経て記事が表に出ているということを知ってもらえれば、また記事の味わいも多少は深くなるのではと思った次第です。
これからも当方が関わった書籍や新聞があれば典座ネットで紹介していきますので、ぜひ実際手にとってご覧下さいませ。

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